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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
49/182

2002年10月(2)

 悪魔ちゃんが問題ないって言うもんだから、先週末レッドをお袋に会わせて来た。金曜の夜レッドが九州に来たんで、翌日俺の軽ワゴン車に乗せて実家に行った。実家は福岡市から北東に車で1時間弱走った辺りで、だいぶ前に親父が死んでからはお袋が独りで住んでる。その日は天気が良すぎて少し暑かったせいか、レッドはサンダルを履いてきた。お袋が後で「最初見た時サンダル履きだからビックリした」と言っていた。まあ、普通彼氏の親と初めて会う時は気合い入れておめかしするだろうから、あまりに自然体なのでビックリしたんだろう。ただし、レッド本人によると、珍しくマニキュアをしてたのとトップスを薄黄色の7分袖ブラウスにしたのは一応女っぽく見えるよう気を使った結果とのこと。そういや俺といる時はTシャツかポロシャツぐらいしか見たことないし、スカート姿にいたってはまだ一度も見てない。この日も下はデニムのハーフパンツだった。しかしそれ以外は、おおむねレッドに対しお袋は好印象を持ったようだ。特に、家が貧しかったので、親の仕送りを受けずアルバイトをしながら大学を出たというエピソードが気に入ったらしく、「苦労した子なんやねえ」としきりに感心していた。


 この日はひとしきりお袋とレッドだけがお喋りした後(俺は常日頃から実家じゃほとんど口を開かない)、お袋が用意した晩飯を3人で食って福岡に帰ってきた。お袋は「泊まっていき」と言ったけど、慣れない家でレッドにどのくらい負荷がかかってるのかわかんなかったから辞退した。別れ際まで終始お袋がご機嫌だったのは良いんだが、レッドの何がそこまで気に入ったのかこの時は全然わからなかった。しかし、さっきお袋に電話した時「○○(俺の兄の名前)の嫁に比べたら全然良いやん」と言っていたことから全てを理解した。


 考えてみれば、兄貴の奥さんは普段着からハイブランドの婦人服で身を固めているタイプの専業主婦で、家の中でも寝る時までメイクは落とさないという(ちなみにレッドは出かける時のみ最低限のメイクをする)。親は裕福というほどではないが、長女なこともあって何不自由なく育てられたいわゆる「箱入り娘」だそうだ。それに対して、お袋は極貧の家庭に生まれ育ち、小さい頃から働かされ(時代のせいもあってか)学校も満足に通わせてもらえなかったそうだ。大人になっても働きづめの人生で、親父は高給取りじゃなかったから結婚してからもずっと働いていた。思い返してみると、お袋が化粧してたりキレイな服を着ているのは、俺らの入学式とか卒業式、誰かの結婚式に出る時くらいで年に数回しかなかった。そんなお袋から見て、兄貴の奥さんは自分の恵まれた境遇に感謝する気持ちが全くなく、それどころか今の生活や兄貴への不満ばかり口にしているんだという。なので、正直嫌いだと。それに比べて、レッドは苦労人で義理人情に厚いところが自分と重なるので好感が持てると。何にせよ、兄貴の奥さんという格好の「引き立て役」がいたおかげで、レッドの評価がお袋の中で爆上がりしたんだろう。悪魔ちゃんが「会わせても大丈夫」と言った根拠はこれだったのか、と今さらながら合点がいった。というワケでお礼に来たよ悪魔ちゃん、ありがとう。


“はい。私が言わなくてもちゃんと状況説明から入れたのも含めて、よくできました。”


 なーんか案ずるより産むが易しだったな。これに関しちゃもう大丈夫だろう。


“大丈夫じゃねえよ。お前のマザコンが今後の不安材料って前に言っただろ。”


 あ、そうだった。一応気に留めとくよ。


“一応じゃなくて肝に銘じとけよ、ったく。 で、今日はそれだけ?”


 いや、もう1コある。別件なんだけどさ、長尾のことで。前にあいつの恋愛相談にゲスな助言してやった時のこと書いたけど、それ以降も、実はたびたび夜中に電話かけてくることがあってヒマな時は相手してやってたんだよ。


“なにそれ。ひょっとしてアンタに気があるんじゃないの?”


 いや、それはない。もしあったら、例の彼女持ち彼氏に「都合の良い時だけ呼び出されて体を求められる」とか俺に相談しないだろ。まあそれはどうでもよくて、ちょっと前にあいつ、心配した女友達から別の男性を紹介されて付き合い始めたんだよ。


“例の彼女持ち男とセックスしながら?”


 うん、セックスしながら。バカだからな。ところが、その新彼氏はすごい真面目で良い人らしいんだわ。でもその人に優しくされて悪い気はしない反面、優しくされればされるほど「ああ、この人が彼(例の彼女持ち)だったらいいのに」ってメチャ悲しくなるんだそーだ。


“本当バカね。”


 うん。で、なんか性格は自分の理想通りだけど外見は全く好みじゃないそうで、その新彼の方とはキスもしたことないって。なのに、新彼がいきなり「結婚してほしい」ってプロポースしてきたんだって。指輪付きで。もちろんあいつはルックスが絶対譲れない条件だからソッコー断ろうと思ったけど、一方で、彼女持ちの方はどうも相手と正式に婚約したらしくて、そのままこっちと付き合い続けてても永遠に「浮気相手」止まりなのは確定なわけで、それ考えると打算も働いて即断できなくなって「どうしたらいい?」って俺に相談してきたの。


“それで、どう答えたの?”


「これから先、お前みたいな奴と結婚してくれそうな男はもう二度と現れない。だから新彼と結婚しろ。このチャンスを絶対に逃すな」って言った。そしたら「ええ~本当に?」とか不満そうに言うから「これから先、お前みたいな奴と結婚……」って全く同じことを2回言ってやった。それでも「でもでも、だって……」ってブーたれるから、彼女持ちの男が婚約者への愚痴をわざと長尾にこぼしつつ「だから本当はお前の方が好きだ」とか何とかって言って希望を持たせる手口がいかに悪辣か、他の男に気があることを承知の上で(とはいえセックスしてることまでは知らないだろうが)結婚を申し込んだ新彼の方がいかに誠実かを理路整然と論証して、あいつの反論をすべて論破したったわ。そしたら最終的には新彼との結婚を「真剣に考えてみる」って言ってたんだけど、悪魔ちゃんに聞きたいのはさ、俺のこの対応って間違ってなかったよな?


“ああー……アンタの方の真意は、これを機に長尾との交友を断ちたいってわけね?”


 うん。だって、東京でレッドと暮らし始めてから夜中に電話とかかけてこられたら余計な誤解招いちゃうじゃん。でもさすがに結婚したら、そんなこともしないだろうと思って。けど、後から気になったんんだけどさ、前に悪魔ちゃん、長尾には俺を囲い込む「陣」として一端を担わせてるって言ってたじゃない。俺を観測する「基準点」になってもらってるって。だったら、アイツとの関係を切っちゃうとお前の方で何か不都合が出たりする?


“別に出ないわよ。そもそも東京に行ったら接点もなくなるから、基準点としての機能も果たせなくなるじゃない。にもかかわらず関係を維持するのは、無駄以前に余計なリスクでしかないわ。”


 だよな。一応それだけ確認しときたかった。あとはまあ、特にないし、今回はこんなところかな。


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