2002年9月
日本経政総研、内定とれたわ。
“言いに来るの遅くない? 先方から連絡来たの先月でしょ?”
いやー、正直なんか微妙で。
“微妙ってなに? アンタまさか、まだ自分の研究分野と違う仕事だから云々とか文句言ってんの!?”
あ、いやそうじゃないよ。あれから自分でも色々調べたり周りの反応とか見て、実は人工社会研究所よりもかなり良いところの内定が取れたってのはわかった。
“じゃあ何が不満なのよ?”
逆に良すぎてさー、入社してからが苦労しそうだなあ、と。ここの研究者ってさ、金融系、政府系の大手シンクタンクから横滑りで転職してきた中堅クラスがほとんどで、出身大学もほぼ東大か京大。俺みたいに地方国立大の大学院出たてってほぼいないみたいなのよ。おまけに管理職は日銀か経産省の天下りで固められてて、その関係か委託研究業務は国の省庁からの受注が大半を占めるらしい。おまけに、委託とかなくても自ら政府与党に政策提言をすることもあるんだって。そういうイロイロを知っちゃうとさ、俺なんでそんなトコに受かったんだろ?って不思議な気分になる。
“レベルが高すぎるってこと?”
なんか分不相応にすぎない? ここに入社したら、相当背伸びしないと付いていけそうにないよ。いや、俺の実力から客観的に考えれば努力したって結局付いてけないかも。
“でも、ここに入るんでしょ?”
だって他に受かったとこないし。実はここの内定が取れた後もしばらくは就活続けてたんだけど、どこも最終選考にたどり着く前に落とされたよ。……でもまあ、それが俺本来の実力なんだろうな。にもかかわらずここだけ受かったってことは、本当に悪魔ちゃんが悪魔的な力を発揮したってことなんだろう。
“恐れ入ったか。”
まあ。
でもそれだけに、そんなスゴイ会社に入るんだって実感が全くない。実感ないまま入社しても何とか上手くやってけそうならそれでもいいけど、たぶんそこまで甘くないと思う。実際、内定とれたとはいっても5年の任期付き契約社員だし、その間に博士号を取ることを次の契約更新の条件にされたし。
“ふーん。でもまあ、もしダメだったら、それはそれで仕方ないんじゃないの?”
え、それでいいの? 苦労して内定とらせたんだから、俺が泣き言いったら切れるかと思ってた。
“そりゃあ、努力したくないって言うならぶっちめるけど、するんでしょ? 努力。”
するよ。するけど、俺は根拠のない希望論でものごと考えないから、客観的に自分の実力を評価した上で正直厳しいんじゃないかって思ってる。
“だったらしょーがないじゃん。その上でクビになったっていうんなら、また就活すればいいのよ。”
でも次に就活する時は、もうこのレベルの会社には受からないと思うぜ?
“いいじゃないのそれで。私が今回動いたのは、別にアンタの社会的ステータスを上げるためじゃないわよ。まずは、レッドと東京で暮らすための収入源を確保することが第一。そういう意味じゃ、人並みの給料をもらえるところならドコだってよかったのよ。あとはアンタが採用に応募した中で、アンタでも入れそうなところを物色したらたまたま日本経政総研が条件に合ってたってだけ。だから次の働き口も「人並みの給料」ぐらいの条件ならまた見つかると思うわ。”
ああ、なるほどねぇ。そうだな、うん。確かに。
なんか気が楽になったわ。
“そう、よかった。”
すごいな悪魔ちゃん。今までの助言の中でダントツに役立ったよ。
“いや、これくらいのことは前にも言ってたでしょ。”
そんなことないよ。いつもは何かズレてて言ってることが全然ピンとこないもん。
“お前は言うことがいちいちイラっとくるな。”
ホメてるんだぜ?
“うるさい。それより、レッドとの関係は最近どうなの?”
結構いいよ。もちろん内定とれたことのお祝いムードってのもあるけど、その前からだいぶケンカは減ってきてた。たぶんだけど、それまで月1でしかリアルに会ってなかったのが、ここ最近は就活で月何回も俺が東京に来てたからじゃないかな。つっても、むしろ実際に顔を合わせると些細なことでのケンカはしょっちゅうになるけどね、でも以前やられた戸外締め出し事件とか流血嚙みつき事件みたいな極端な行動は減った気がする。
“それは、一緒にいる時間が彼女の精神を安定させるからでしょうね。”
そうだろうな、たぶん。
“今回就職できたのは彼女のおかげでもあるんだから感謝するのよ? 東京にいる間はレッドのアパートにずっと泊めてもらってたし、面接前に元気づけてくれたりして心強かったでしょ?”
うん。まあ、それは当然感謝してるよ。それはそれとして……
“なによ?”
ありがとな、悪魔ちゃん。
“え? あ、あー、うん。……はい。”
あれ、照れてる?
“うるさい!照れてない! あっ!お前、こんなツンデレのテンプレみたいなセリフ言わせて……ハメやがったなコノヤロウ。この恨み決して忘れぬぞ!”
(笑)