2002年8月
ねえ、日本経政総研ってどうなの?
“いや、状況説明してよ。”
え?そういうのって言わなくても共有できてるんじゃなかったっけ?
“私はわかってるわよ。じゃなくて、読者向けに説明してって言ってんの。”
今さらじゃない? もはや読者置いてけぼりの極私的作品になってると思うし。
“それでも、よ。言っとくけど、私はこれからも「小説」という形態にこだわるわよ。”
お前、なんか昔「小説なんか書かなくていい」とか言ってなかったっけ?
“あの時はアンタがアスタロトの奸計にはまって死ぬ寸前だったからでしょ! 今はその心配はないんだし、最初の契約は元々「小説の中での召喚」だったんだから、それが原点の私が小説という形態の維持を望むのは当然のことでしょう。”
でもめんどくさいよー。俺としては願いさえ叶えてくれれば小説として破綻しててもいいんだけど……
“いいから、しろよ、状況説明。”
……わかったよ。あれからお前の言う通り、民間研究機関とか大学の非常勤職の公募に応募しまくったんだけど、予想通りほとんどが書類選考で落とされた。その中で唯一、中途採用枠で面接してくれたのが日本経政総研(日本経済政策総合研究所)っていう東京の民間会社だったってわけ。でも面接の時、正直今んとこは学位(博士号)が取れる見込みないって言ったら急に相手が冷めたような態度になっちゃって、お世辞にも好感触とは言えなかったんだよ。だからもう「どーせ落ちただろ」って諦めちゃって、面接の翌日レッドと一緒に富士急ハイランドに遊びに行ったんだわ。そしたらジェットコースターで順番待ちしてる時に携帯に電話かかってきて「(九州からの)交通費は出すから明日2次面接に来れないか」って。だから富士吉田に1泊の予定だったけど急遽日帰りにして、翌日2次面接に行ってきた。本当だったら2次面接行く前に悪魔ちゃんの意見聞いて、良さそうな会社だったら合格するようお願いしたかったんだけど、なんせ東京でレッドと一緒だったし、巫女の店は九州だから儀式の詠唱とかしに行く時間的余裕もなかったんで、2次面接終わってこっちに戻って来て巫女の店に行ってから、ようやくこうして悪魔ちゃんを召喚してるってわけ。
“あーそうか。……あのね、儀式と供物だけどね。急いでる場合は無しで召喚してもいいぞ?”
あーもーやってらんねえ!! 言うことコロコロ変わるじゃねーかよテメー!
“正確には「事後でも可」だけどね。祈願する時に儀式と供物が間に合わなかったら、後から奉納してもいいってことよ。これはフェニキア期の神殿時代からそう。日本の神社だって「お礼参り」みたいな事後奉納の習慣があるじゃない。”
じゃあなんで最初からそう言わなかったんだよ?
“言ったらアンタ祈願ばっか連発して、そのうち願いが叶った時だけ事後奉納するなんてズルするでしょう?”
まあ、するだろうな。
“成功報酬のサービス業じゃあるまいし、そもそも儀式と供物が奉納されようとされまいと私たち神側に願いを聞きいれなきゃいけない義理はないのよ。ただ、もしも信仰が真摯で願いが真っ当なものだったら聞き入れることもありうる、という程度のこと。あなた達にできるのは、せいぜい私たちに願いが届くよう儀式と供物を捧げて祈ることだけ。日本の神道だって、祈願の成就を常に保証するわけじゃないから基本的には同じよね? そこが、神と人間が契約を結んで相互に義務を負うキリスト教やイスラム教とは違うところよ。そういう道理で考えると、願いが叶おうが叶うまいが儀式と供物の奉納は必須ということになるわ。だって、叶う場合にしか奉納しないなんて態度はとても真摯な信仰とは言えないものね。”
……わかったよ。でも、やっぱり最初にそういう説明は欲しかったな。
“ごめんね。フェニキアやメソポタミア期の私たちの信仰について調べてたみたいだから、当然知ってるものと思ったのよ。”
で、どうなの?日本経政総研は。内定とれたら入社した方がいい? ちなみに、入社してもコンピュータシミュレーションの業務はないそうだ。どっちかってーと統計データ分析が中心になるらしい。
“本当に内定がとれそうか先に考えた方がいいんじゃない? 先方は学位があるかないかをずいぶん気にしてたみたいだけど、そこはどうなったのよ?”
ああ、入社後に論文博士(出身大学以外に論文を提出して博士号の審査を受けること)で学位を取るつもりはあるかって聞かれたよ。まあ、正直そこまでして学位を取る熱意はとっくになくなってるんだけどな俺。
“アンタまさか、そのまま正直に答えたりは……”
そこまで馬鹿じゃねえよ。「入社したら業務で手がけた研究も取り入れて論文にまとめ学位の取得を目指したい」って答えたよ。理想的な回答だろ?
“まあねえ。ふーむ、日本経政総研って製造メーカーが中心になって最近設立した新参のシンクタンクよね? 本来だったらすでに学位を持ってる研究者が欲しいとこだけど、研究機関としてはまだ実績がないから学位取得者が思ったほど応募してこない。だから次善策として、アンタみたいな入社後に学位を取る可能性がある者の採用も考えている、と。……なるほど。これはいけるわね、私が働きかければ。”
そうなの? でも、行った方がいい会社? 研究機関としてはまだまだなんだろ?
“名のある大手シンクタンクだったら、逆にアンタなんか能力不足でやってけないわよ。でも設立したばっかで社内体制がまだ固まりきってないならアンタにも入り込む余地があるかも。つまり、今なら「創業メンバー」になれる可能性があるのよ。そうなれば能力不足でも確固たる立場が得られるわ。一方で、出資してる製造メーカーは超大手だから資金的に潰れる心配もない。……うん、いいじゃないの。アンタここにしなさい。”
でも、やらされるのは俺の専門分野とは違う業務みたいだけどな。どうも上手くやれる自信がないんだが。
“アンタ専門って言ったって、まだ駆け出しで学問としてもビジネスとしても何の実績もないんだから無いようなもんじゃないの。それに統計分析なら、一応基礎課程は終了してるし論文で使ったことも何回かあるでしょ?”
ごく基本の教科書的分析な。実務で使うようなノウハウは、ほとんどゼロから勉強し直すことになるよ。
“それぐらい頑張りなさい! さっきから自分の専門とか研究とかばっか言ってるけど、そんなことより今アンタが大事なのは東京でレッドとの生活基盤を築くことでしょう? だったら、まずはちゃんと安定した収入と待遇が得られる会社に就職するのが先決よ。あと、はっきり言って日本はまだコンピュータシミュレーションで食べていけるような素地はないわ。客観的に見て、統計分析の方がよっぽど有望よ。”
まあ、他に就職できそうなアテもないしなぁ。でも、今度は本当に大丈夫なんだろうな? ここも結局落とされたら、俺もう次の会社探す気力なくなってると思うぞたぶん。
“人工社会研究所の時とは違うから大丈夫よ。ここは相手が採用する理由もあるし、アンタの将来性を考えても入社する価値があるわ。”
そんなこと言って、前回も自信満々だったのにあの結果だからな。とりあえず後のことは内定が出てから考えるよ。
“口が減らないわね。まあいいわ、見てなさい。”
はい、よろしくお願いします(最近こればっか)。