1997年3月 1回目
ところで俺がアスタロさんって書くときは頼むから関東風の読み方はやめてくれ。俺としてはアスタロの「タ」(つまり3つ目の母音)にアクセントがあるつもりで書いてる。歌であるじゃん? 「木曽のなーぁ、ナカノリさん」って。そんときの「ナカノリさん」と同じ発音だな。
ところでそのアスタロさん召喚するにはどうしたらいいんだろ? こないだは呼び出さなくても、勝手に出てきたもんなあ。えーと、なんだっけ? 正式に召喚するときは、「ソロモンの鎖骨」とかなんとかってのの呪文かなんか唱えるんだよな。「神の権威によって……」とかなんとかって。でも、俺クリスチャンじゃねえからなあ。それに、本によってはヘブライ語で唱えなきゃなんないとか書いてんだよな。しかしホントか?
〝そんなことする必要ないわよ。〟
…………
〝アンタの召喚は文章によってなされることになってるわ。つまり「書いて」いる限りアタシと交信できるってわけ。〟
…………
〝正式な契約よ。もう発効してるわ。〟
…………
〝なんで黙ってんの?〟
アンタ、誰?
〝自分で召喚しといて、それはないでしょ?〟
俺が呼んだのはアスタロって親父だぜ。なんか変な女の声じゃん。えっ?アスタロって……カマなの?
〝信じらんない! 自分がアスタロトに女性人格で召喚に応じるよう頼んだんじゃない!!〟
ほら、なんかアスタロのこと言うとき、他人事じゃん。だからアンタ誰?って言ってんだよ。
〝あたしは「アスタロト」よ。ただし、女性原理が強調されるときは、名前が変わるわ。今の名前はアスタルテよ。〟
だから、「アスタルテ」って誰なんだよ!? ちょっと待て、調べる。
えーと、「アスタルテはフェニキアの守護神で大地母神の一人。バビロニア神のイシュタルを起源とする説あり。死と戦争を司る邪神。中世ヨーロッパのキリスト教世界において性別を変えられ悪魔に転じ、以来アスタロトと呼称されることになる。」 ……なんだよそれ!? 属性変わっちゃってんじゃん!! 俺がアスタロトを召喚したのは、奴が知識と教養を司る悪魔だからだぜ! それがなんか戦争好きのアブナイ切れた女だろ? 手前ぇなんかにゃ用はねえ!とっとと失せろダボ!!
〝そんなにテンション上げてると、こないだみたいにまた墓穴掘るわよ。それに、無駄よ。彼はもう二度とアンタの召喚には応じないわ。〟
なんでだ。
〝彼は大物なの。だいたい一度でもアンタ程度の人間の召喚に応じるなんて、彼独特の気まぐれと冗談にしても到底信じられないわ。もっとも、アンタのキャパシティに合わせてだいぶ矮小化されてたけどね。あたしだって本当はアスタロトと呼ばれている場合にひけをとらないぐらい、実力と権威をもっているのよ。こんなバカ女みたいな話し方しなきゃならないのも、アンタの狭量な女性観からきてるのよ。〟
だろー!? 何がアスタルテだよ? 何かおかしいと思ったぜ。 バカ女結構。 ただし、それならそれに見合った名前に付けかえてやんなきゃならねぇな。
〝ちょっと、何考えてんの!?〟
アスタルテなんて大仰な名前はもったいないってんだよ。 そーだなー、お前には……
〝ちょっと、やめてよ!! あたし達の名前は、アンタらみたいな個体認識のためだけの道具じゃないの。実体を持たないあたし達は、その意味するところ自体があたし達そのものなのよ。意味することっていうのは、あたし達の名前によって具現化されてるの。だから勝手に名前を変えたりしたら、その属性も変わってしまうのよ。ねぇ、あなたがあたしに何かを望むなら、名前を変えるなんてバカなことはやめてちょうだい。ゲーテだって、自分の戯曲をただのクズに変えてしまわないためにも、メフィストフェレスという名前を温存したのよ。それが賢明な事だってことぐらい解るでしょう?〟
終わったか? よし、じゃあぴったりの名前を付けてやろう。お前の名前は……
〝バカ、やめてー!!〟
「悪魔ちゃん」だ。
〝いやー!!〟
よし。今日はここまで。