表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
35/182

2001年3月(3)

 というわけで調べてみた。でもフェニキア期のアスタルテについては神殿跡や出土品に関する考古学的な論文くらいしか見つからなかった。そーいうんじゃなくて、儀式の時の詠唱とか具体的な手順が知りたいんだけどなー。そこで、アスタルテの先祖にまで遡ることにした。アスタルテは、メソポタミア文明では「イナンナ」または「イシュタル」と呼ばれていたらしい。そこでイナンナ、イシュタルについての文献を探すことにした。すると、今度は知りたいことが書いてる本が見つかった。メソポタミア文明に関しては、文字(楔形文字)が刻まれた粘土板が大量に出土しているそうで、そこに神々への祈禱文やら神殿での活動内容まで網羅した内容のものがあったとのことだ。


 アスタルテの最も古い源流であるイナンナは、シュメール語文化圏において愛や美、豊穣の神とされ、女神としては最高位に位置づけられていた。後年のアッカド語文化圏では他の様々な女神と習合された結果イシュタルと名が変わり、(いくさ)を司る神としての特性も付与された。イシュタルとしての活躍は「ギルガメッシュ叙事詩」をはじめとする叙事詩で多く語られているが、その中でも「愛や美」をとりわけ賛美する文脈において、極端に奔放な性的行動に関するエピソードが多い。例えば夫の他に多くの愛人をかかえ、彼らと飽くことなき性の供宴をくり広げたという。そのような性格から、イシュタルは娼婦の守護神と規定され、また彼女を祭った神殿では巫女が聖娼(神聖なる娼婦)として男性信者の相手をしたという。信者は聖娼と交わることでイシュタルと擬似的な婚姻関係を持ち、女神の神威を賜ったそうだ。この聖娼制度はフェニキア文明でさらなる習合を遂げアシュタルテと名を変えた後も続いていたとされる。まあ、この辺りが純潔主義のキリスト教では卑猥かつ悪徳とされ、悪魔に身を堕とされた原因になったんだろう。


 でも神様が性的に奔放なのは古い起源を持つ宗教だとそう珍しい話じゃない。太古の社会では(妾や側室も含めた)一夫多妻制が厳然としてあり、そういう価値観の下では性的な奔放さ(特定の配偶者だけに限らない性的関係)は多産→豊穣→繁栄につながるものとして喜ばしいことだとされていた。そんな風に大事なものだからこそ、多神教(古い宗教は大抵多神教)の一角にそれを担当する神が配置されたというだけだ。もちろんその倫理観をまんま現代に持ってくれば支障ありまくりだが、過去の原始的な信仰まで邪教と貶めるのは逆に野蛮ってもんだろう。ちなみに日本の神道も多神教で、アメノウズメのように性的奔放さを象徴する女神はいるし、巫女が聖娼となる制度も中世くらいまではあったとされている。


 それだけでなく、メソポタミア宗教と日本神道は精神性でも共通点があるように思える。例えばイシュタルを讃える祈禱文では「女神を誉め称えよ!その最も偉大な女神を!」といったように最初から最後までひたすら神への賛美が唱えられる。つまり、人間→神の愛しか語られない。一方、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のような一神教では「神は常に我々を導きたもう」のように、神→人間の愛も聖典や祈りの中で述べられる。ようするに、一神教では人間と神の相互契約(的な厚誼)によって神の恩寵を人間が得ることが確約されているのに対し、イシュタルの祈禱文では熱烈に恩寵は求めるものの、それは人間の一方的な願いであり得られることが約束されていない。イシュタル以外のメソポタミア神に捧げる祈禱文についても、その点については共通している。そして、神道の祝詞も基本的にはそんな感じだ。偉大なる存在は我々に何も約束しない。我々はただ存在が願いを聞き入れてくれるよう乞い願うのみだ。また、そういう偉大な存在=神の行いについても日本神道とメソポタミアでは類似点がある。両者とも神は人間と同じように怒り、喜び、妬み、慢心し、欺き欺かれ、といったように俗人的に振る舞う。なお、それについては同じくギリシア神話の神々とも共通しているので、俗人的な神というのは多神教の特性なのかもしれない。


 まあ何にせよ、いざ調べてみるとメソポタミア宗教の神々は日本人としての俺の感性と案外相性が良かった。むしろ父権的で倫理的に狭量なキリスト教の方に俺は胸落ちしない違和感を感じる。悪魔崇拝が多神教的なメソポタミア宗教に源流を持つのなら、そっちの方が俺には合ってるのかもしれない。とにかく、これでイシュタル=アスタルテを召喚するための詠唱文(祈禱文)はわかった。あとは召喚の儀式だが、やっぱ聖娼との「聖婚式」は必要なんだろうな。それが他の悪魔(だか古代神だか)にはないイシュタル独自の様式だし、なんかパンチ効いてて効果絶大っぽいもんなー。まあ「聖婚式」っつっても詳細はわからないから、なんちゃって式な我流の儀式になるだろうけど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ