2000年9月(3)
さて、レッドと別れるためには間髪入れず二の矢、三の矢を放たなくてはならない。そこで今度は同じゼミ生の長尾を使うことにした。こいつは同期の女だが、俺がネットナンパとかゲスなことをしてるのを知ってる。その代わり、俺はコイツが彼女付きの男をしつこく狙っているのを知っている。恋敵にどん引きするようなえげつない嫌がらせも厭わないという、結構なクズだ。クズ同士何か呼応するものがあったのか、コイツのクズ恋愛にゲスい助言をしたりするうち、こっちもエロチャットのこととか話したりして、今じゃお互いバラされちゃ困ることを握り合って、都合のいい時だけ相手を利用しあう関係だ。好きか嫌いかで言えば俺はコイツがはっきりと嫌いなので、話す時は通常の女性を相手にする時のような気遣いは一切ない。なのでいきなり電話して用件を切り出した。
「頼みがある。俺の携帯に彼女が電話をかけてくるから、俺のかわりに電話に出てくれ。」
『いきなり意味わからないんだけど。』
「彼女と別れたいから新しい女のふりしてくれ、と頼んでる。」
『ああ?何で私がそんなことしなきゃいけないの?』
「前に盗聴器使いたいって言ったとき相談に乗ってやっただろ。」
『だから?』
「お前アレ実行したんなら歴然と犯罪だからな。ここで断れば通報するが?」
『あんただって捕まるでしょ。』
「捕まらない。俺は架空の話をしただけで、実行したのはあくまでお前」
『……チッ、わかったよ』
翌日、夜8時ごろレッドが電話をかけてくることになっていたので、長尾の研究室で2人で待った。電話がかかってきたら長尾が俺の名字を名乗って、そこでレッドが何を言ってもそのままガチャ切りする手はずになっている。ところが、いつもは約束の時刻通りに電話をかけてくるレッドが、その日に限って9時近くなってもかけてこなかった。仕方がないので、俺の軽ワゴンで長尾を家まで送る途中に、電話がかかってきたら対応してもらうことにした。その車中、
「でも電話に別の女が出たくらいで別れられるの?」
「ああ見えてプライド高いと思うんだよなー。」
「いや知らんけど。」
カリナの時に結局浮気を疑ってなかったのは俺を信用してるからというよりも、自分がそんな間抜けに引っかかるわけがないというプライドからだったように思う。だから逆に、他の女の影が疑いようもなく明確になってきたら自分から絶縁状を叩きつけてくるんじゃないだろうか。もしかしたら、長尾が出た瞬間に一言も発することなく電話を切るのではないかとすらふんでいる。が、長尾には
「とにかく俺の言った通りにやってくれりゃあいいんだ。」
とだけ言って後は黙った。
ところが、もうすぐ長尾の家に着くという時になってもレッドから電話はかかってこない。とはいえ、さすがに長尾の家に上がり込むわけにはいかないので途中で飯を食っていくことした。
「そこのファミレスに入るぞ。」
「ファミレスかよ。」
「この時間に開いてんのは他にねーだろ。」
ということで、長尾と向かい合って食いたくもない飯を食うはめになった。
「そもそも、その彼女さんとどうやって知り合ったの?」
「興味もないくせに食いついてくんじゃねえよ。」
「いや暇だから。ていうか、今まで聞くの遠慮してやってたんだけど。」
想定より遅くまで付き合わせた負い目もあって、ネットゲームで知り合って東京まで行ったことを淡々と話した。すると、ネットゲームでのなれそめは鼻で笑い、東京の遊園地でアトラクションをやったくだりでは、
「ちゃちなイベントが好きなのはお子ちゃまなんだろうね、その彼女」
と上から目線で言ってきた。イラっときたが「目的を達成するまで」、と我慢した。にもかかわらず、料理を食い終わっても電話はかかってこなかった。これまでも少しくらい遅くなることはあったが、ここまで遅くなるのは初めてだった。話も尽きかけて
「……もう10時過ぎたんだけど。」
と長尾が手持ち無沙汰に言ったので、この日はやむなくお開きとなった。長尾を家の近くで下ろした後、自分の下宿に向けて車を走らせている時にレッドから電話がかかってきた。路脇に停車して電話に出ると、急に残業になって電話もできなかったと謝られた。
で、問題は、この後も嫌がる長尾を付き合わせて再戦を挑んだにもかかわらず、同じようなことが2回も続いたということだ。2度目は数日、3度目は1週間空けて長尾をスタンバイさせていたが、両方ともその日に限って約束の時間にレッドは電話してこなかった。理由は、予定の勘違い、寝落ちと毎回バラバラだった。しかしそれ以外の日は、きっちり約束した日時に電話をかけてきた。こっちから電話する約束だった日時にかけた時も、出ないことは1度もなかった。長尾が、
「こりゃ何かに護られててるね、彼女」
と笑って言ったが、俺は全く笑えなかった。カリナとの写真の件以降すっかり忘れてしまっていたが、ここにきてまた改めて「悪魔ちゃん」を強く意識させられることになった。