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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
26/182

2000年8月(10)

 1週間の滞在期間が過ぎ、レッドが東京に帰る日になった。行きと同じく車で福岡空港に送っていったが、空港に着くなりレッドは帰りたくないと言い出した。とはいっても明日からまた仕事(夏期研修)だそうで、今日帰ることになったのはそもそもレッド側の事情だ。しかしせめても、と搭乗機を今日の最終便に変更した。空いた時間は展望デッキに行って、夜空に舞い上がる飛行機の光を2人で眺めた。「もうすぐ9月だしさ……」「学校始まったらこんなに毎日一緒にいられない……」「どっちがどっちに来ても週末の数日間しか一緒にいられないんだよ?」そんなことをレッドがぽつりぽつりと語り、次第に涙声に変わっていった。そして俺の目を見つめて「やっぱり帰りたくない……」と涙をポロポロこぼした。俺はレッドに口づけし「じゃあ残りなよ」と言って抱きしめた。「無理して帰ることないよ」と続けて言うと、レッドは俺の肩に額を押しつけてしばらく黙っていたが「ううん……帰る。仕事あるし。」と言った。


 搭乗時間が近づいて出発ロビーまで一緒に行くと、レッドはいつもの調子に戻っていた。


「じゃあね。家に着いたら電話する!」


と言って、買い込んだ土産品の紙袋とリュックを持って手荷物検査場に入って行った。検査を受けている様子は外からも見えるので見守っていると、検査が終わったレッドが振り返って大きく手を振った。こちらも手を振り替えしたら踵を返して乗客の人混みに消えていった。


 帰りの車の中で、離陸直後の飛行機が頭上を過ぎるのを眺めながら「あれにレッドが乗ってるのかな……」とか考えている時、突如として我に返った。本当に頭の中でパチン!と音が鳴ったような気がした。


「なんだこれ?」


思わず口に出た。ほんの2週間前までレッドとは遠距離恋愛の「(てい)」でしかなかったのに、今はもう言い訳ができないほどガチな交際関係になってる。この1週間は半同棲みたいなことまでやっちまっている。もともと俺がレッドとの交際を進展させる気がなかったことは前にも書いた通り。まだ特定の交際相手じゃなく色々な相手と遊びたかったから。だからリアルで会う話も最初は乗り気じゃなかったが好奇心から悪ふざけ的に応じた、ここまではわかる。確実にいつもの俺の思考パターンだ。ところが、東京に着いてからさっきパチンと音がするまで自分が何を考えていたのか、どうもはっきりと思い出せない。自分が何をしたかは明確に覚えているが、その時自分が何を思ったかが抜け落ちているのだ。にもかかわらず、レッドと会うまでは真面目に付き合う気などまるでなかったのに、会って以降は真剣に恋に落ちたかのように行動している。自分の心理でいつどんな変化が起きたのか、その変節点が全くわからなくて気持ちが悪い。しかもそれまで遊園地でデートみたいな普通の恋愛イベントを「くっそダセぇ」と嫌悪していたにもかかわらず、今回自分がその嫌悪すべき事をしたとき心中で葛藤したという記憶がまるでない。今思うと、夢遊病者のように何の感慨もなく淡々と恋愛イベントをこなしたかのようだ。まるで自我がない操り人形のように。


 そもそもレッド自体の「設定」も少し変じゃないか? ホテル代は自分で出す、迎えに来た車がしょぼい軽ワゴンで、連れ込まれた所が狭っ苦しい単身者下宿でも文句言わない。帰り際に「離れたくない」と可愛く泣いたかと思ったらすぐに聞き分け良く「やっぱ帰る」って、ちょっと男に都合の良い性格すぎない? そんな奴おる? レッドってもしかして実在しない?って、いやまあそれはないか。レッドが置いてった行きの航空券の半券っていう物的証拠が下宿に残ってるわ。ついさっき「家に着いた」って本人から電話もあったしな。でもレッドも俺と同じように離人症みたいな感覚で、誰かに操られたように行動してたとしたら? ……それもちょっとパラノイアか。俺とレッドを操っているのがもし同じ「モノ」だとしたら、複数の人間の心理に干渉できる超自然的な存在を想定しなきゃらない。テレパシストとか神仏みたいな。


 悪魔ちゃん


突然、天啓のように閃いた。これを読んでる人は、ここまでそれに思い至らなかったのが不自然に思えるだろうが、でも考えてみてほしい。この作品内では、俺の生活は「悪魔ちゃん」のストーリーの一部分だが、俺の生活では「悪魔ちゃん」はごくごく小さな一部でしかない。しかも去年の秋以降全く手を付けていない作品で、その間、博士課程への入学やら学会発表の準備、アルバイト、ゼミの先輩・後輩とかとの付き合い、肉親や親類関係のアレコレといった日々の雑事がざーっと大量に流れていって悪魔ちゃんのことなんかすっかり忘れきってたよ。それどころか、悪魔ちゃんがアスタロトと俺の繋がりを絶って引き換えに自分も消えるという形で、一応不完全ながらも完結したぐらいに思ってたからな。


 そこで下宿に帰ってから、「悪魔ちゃん」の原稿を引っ張り出して一番最後の部分(「1999年10月」と日付が振ってある部分)を読んでみた。その結果、さらに悪魔ちゃんの関与を疑うようになったってわけだ。で、一気にこれ(「2000年8月」の部分)を書いた。でも書いてもやっぱりわからない。レッドは悪魔ちゃんが引き合わせたのか、もしかしたら、レッド自身が実は悪魔ちゃんなのか…… 頭は混乱したまま。小説が現実を侵食している。


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