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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
25/182

2000年8月(9)

 東京を離れたのは週明け月曜だったが、4日後の金曜には早くも九州でレッドと再会することになった。レッドは飛行機でやって来た。俺と違って完全な社会人なので、定価に近い航空券でも特に気にならないようだ。夜7時ごろ、福岡空港の到着口から出てきた彼女は辺りをキョロキョロと見回し、俺に気付くと大きく手を振った。


「来ちゃった。」

「うん。来るの知ってた(笑)」

「このセリフ1回言ってみたかった(笑)」


それから空港内の博多ラーメン屋で晩メシを食って(博多ラーメンは彼女のリクエストだった)、駐車場に停めた俺の軽ワゴン車で下宿に帰ってきた。ドアの鍵を開けて招き入れる時、わざと「おかえり」と言ってやると嬉しそうな顔をした。レッドは大きめのリュック1つだけ持ってきていたが、部屋に着いたら小さいバッグを1つ取り出し、リュックの中身を少し整理した。そのまま俺たちは近くのスーパーに行って飲み物やらスナック菓子なんかを買い込んだ。その時もレッドが支払おうとしたが、俺は頑として拒んだ。「こっちにいる間は払わせて」と言うと「いいのに……」と少しむくれたが、それ以上は抗弁しなかった。再び部屋に帰ってからの流れは東京でも九州でも変わらない。ただ、建物内には別の下宿人もいるので多少音に気をつけながら行為に及んだ。その夜は遅くまで互いを求め合って、そのまま抱き合って眠った。


 翌日は午前に統計学の演習だったが寝過ごしてしまい遅刻した。指導教官にはだいぶ怒られたが、下宿に帰ってその話をするとレッドが抱きしめてなぐさめてくれた。気を取り直して午後2人で出かけようとしたが、なんだかんだでレッドの準備が整った頃には暗くなりかけていた。ちなみに、その後の数日間でレッドがありがちな「出かけるのに異常に時間がかかる女」であることが判明するが、この時片鱗が見えていたようだ。結局、外出は夕食が目的となってしまった。行きの車中で何が食べたいか聞く中で、魚、とくに煮魚と焼き魚が苦手だということがわかった。刺身のような生食は「あまり臭いがしないから平気」ということなので、この日は回転寿司屋に行った。それから、酒は一切飲まないとのことだった。俺も飲み会の時以外は好んで飲酒する習慣はなかったので特に困ることはなさそうだ。


 次の日からは、お互いに夏休みで予定はない、下宿で寝泊まりしているので宿泊費はかからない、ということたっぷり1週間くらいは車で方々に出かけて楽しむつもりでいたのだが、ここで、レッドが「起きられない女」であることも発覚。そもそも連日真夜中までネトゲをするような女なんだから推して知るべしではあったのだが、夜は午前2~3時まで寝ることはなく、朝は、というか正午を過ぎないと起きることはなかった。しかも、1度寝ると物音やゆすったりしても決して起きない。加えて出かけるまでに時間がかかるので、連日家を出るのは夜になってからだった。そうなると、晩メシは俺が知ってる福岡近辺の美味い店に行くからいいとして、その後は時間的に、ゲーセン、ネットカフェ、ボウリング、深夜営業のファミレス、ファーストフード、コンビニくらいしか開いていない。アウトドア系としては、夜景のキレイなとことか浜辺に行って花火とかもしたが、毎日行くようなものでもなし、結局レッドの滞在時間はほとんど夜時間のしかもインドアでしか活動しなかった。まあ、楽だったからいいけど。


 そんな感じでレッドのダメなところとかも見えてきて、でもかえってお互いに気が許せる感じの疲れない関係になってきた頃、俺にとっては最大の試練がやって来た。


「ゴロウのお友達に会いたい。」

「ん? なんで?」

「普段のゴロウとか聞いてみたい。ダメ?」

「ダメじゃないけど……」


いやダメに決まってる。エロチャットとかネットナンパとかテレホンセックスとか俺の普段の素行を知ってるヤツもいるし。……ああ、なんかこの「試される」感じ。最初にレッドがいきなり電話番号を明かしてか「かけて来い」って言われた時の感じに似てる。もしここで対応を誤れば修羅場が待ってるってわけだ。俺はすぐに安パイな相手を脳内で検索した。事情を話してNGのトークテーマとか事前にすり合わせする余裕がないことを考えると察しのいい「大人」がいい。しかし大学院なんてトコは年齢に精神が追いついてない「ガキ」しかいねえぞ。いや、先輩なら1人いるな。本人もまあまあ遊んでるタイプだしお互い「言われちゃマズイこと」を抱えてる分抑止力が効きそうだ。目当ての先輩はちょうど今大学の研究室にいるそうなので、近くのファミレスまで来てもらうことにした。同じ研究室の先輩がもう1人着いてきたが、こちらの人は俺の方の事情をほとんど知らないのでほぼ無害だろう。


 会談の場所となったファミレスでは、俺は完全に借りてきた猫(・・・・・・)だった。「彼女が会いたいと言っている」とだけ聞かされ呼び出された先輩2人は最初会合の主旨がわからずにポカーンとしていたが、ほどなくして遊び人先輩の方が「後輩君は必ずしも乗り気じゃないが彼女側に押し切られたのだろう」と察してくれた。それからは、有り難いことに当たり障りのない話題に終始してくれた。しかし何せエピソードトークが(地雷になるから)できないもので、終始俺の性格の話になってしまった。それはそれで幾分居心地が悪かった。


「いや、普段のゴロウ君から考えると、こうして彼女を紹介してくれるなんて意外だよ。」

「そうなんですか?」

「普段は基本的に我関せずだし、相手にも深入りされるの嫌がるよね。」

「いや、まあ。ええ。」

「ええー私こそ意外。2人でいるとそんなことないのに。」

「そりゃ彼女に対してはそうでしょう。」

「いや、まあ。ええ。」

「あ、でもネットではそうかも。ネットで同性の友達ってピカードぐらい?」

「ああ、うん。」


こんな感じで、所々ヒヤっとしたりはあったが無事会合を乗り切ることはできた。ただ、今考えると先輩2人はこの時の俺の行動に関する違和感を口にしていたわけだ。その事をもう少し気に仕掛けるべきだったかもしれないが、この時はなぜか深く考えずスルーしてしまった。


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