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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
24/182

2000年8月(8)

 土曜は午前中に統計学の演習があったので、東京行きの新幹線に乗れたのは午後になってからだった。この時間から乗車してもレッドが言ってた花火大会の開始時間には間に合わない。飛行機なら間に合うが、出発の数日前だと格安航空券を買うことができないので仕方がなかった(チケットを定価で買う金は最初からない)。その事は事前にメールで知らせたが、レッドも今日は教科研修会というのがあるらしく間に合うかは微妙なので「花火大会は来年に」ということになった。東京に着いてからの詳細についても前日のメールで打ち合わせした。待ち合わせ場所は東京駅八重洲口の改札を出たところ。自分の服装とか髪型といった特徴、それからお互いの携帯番号とかもあらかじめ教えあった。


 新幹線だと東京-博多間は6時間以上かかるが、その間何を考えていたのかはあまり詳しく覚えていない。もし待ち合わせの場にレッドが現れなかったらカプセルホテルに泊まろう、とかそんなところだ。その点男は気楽だ。あとは寝ていたか、統計学のテキストや論文読んだりとかだ(一応学生なんでね)。


 新横浜を過ぎた頃、午後7時ぐらいには車窓がほとんど真っ暗になっていた。九州はこの時期、この時間帯はまだまだ明るいので「ああ、東日本に来たんだな」と実感がわいてきた。そして品川を過ぎた頃、携帯にレッドから電話がかかってきたのでデッキに移動した。


『ごめ~ん。研修終わってすぐ出てきたけどまだ電車の中。』

「こっちはそろそろ東京駅に着くかな。」

『本当ごめん。私は8時過ぎるかも』

「いいよ。もともとそういう見込みだったじゃない。」


レッドは車中なのを気にしてか小声だった。


「あ」

『? どした?』

「花火、見える。ビルの間から。」

『え?本当?……あ、私も見える。』

「……」

『……』

「……じゃ、後でね。」

『うん……後で。』


 東京駅に着いたら約束通り、改札口を出た、目に付きやすいとこで待つことにした。手持ち無沙汰なので大きな柱に寄りかかり文庫本を取り出してパラパラ読んでいたが、10分ぐらい経ったころ、覗き込むような前屈みの姿勢の人物が視界に入ってきた。レッドだった。


 髪はベリーショートで、華奢な痩せ型。身長は俺より拳一つ小さいくらいだから、女性としては高い方か。オレンジボーダーの半袖ポロシャツ。デニムのハーフパンツという格好で、なんと言うか、結果的に、チャットで最初に話した時想像してたヴィジュアルとかなり近かった。うん、見た目、完全な厨房(男子中学生)だ。


 はにかみ笑いをしながら近づいてくるレッド。

「あの……」

「レッド?」

「うん。」

「なんだよー、ブスだなんて言ってけど、十分かわいいじゃないか。」

と言ってレッドの肩を抱くと「ヒャ~」と恥ずかしがった。かわいいと言ったのは嘘じゃなかった。厨房だけどかわいかったんだ。「うる星やつら」の竜之介とか「らんま1/2」みたいな所謂「オレ系ヒロイン」が嫌いじゃなかったこともあると思うんだけど。


 その後は東京駅ビル内のとんかつ屋で晩飯を食った。ムードのない店ではあったが夜9時に近い時間だし居酒屋以外は他に選択肢がなかった。飯を食いながら、最初のかしこまった雰囲気から、次第にネットでいつも話す感じになっていった。それから地下鉄で池袋に移動して、レッドが予約していたシティホテルにチェックインした。部屋に入るとすぐ抱き合ってキスして、その夜のうちに最後までした。ベッドの中では、レッドは厨房じゃなく完全に「女」だった。


 レッドがホテルを2泊予約してたので、翌日はドアに「起こさないでください」の札をぶら下げて午後まで2人とも眠った。起きてから後楽園に移動し、東京ドーム横の遊園地に行った。夜間カップル向けのイベントをやっているらしい。いろんな乗り物に乗ったりアトラクションに参加して、もらったポイントを集めて記念カードをもらうみたいなヤツだった。ところが困ったことに、ここで俺が腹痛になってしまった。夏とはいえこの日の夜気が冷たすぎて体が冷えたせいだ。俺にとってはいつものことだが、レッドは氷のように冷たくなった俺の腹に服の下から触ってびっくりしていた。レッドが持ってきたタオルを急場の腹巻きにさせてもらってベンチで休んでたら回復してきたのでイベントの残りを回った。レッドに申し訳ない気持ちになったが、レッドは、俺がそういう気持ちになることを嫌がった。最後にもらった記念カードは2枚あり、それぞれに相手へのメッセージを書いて交換することになったが、俺はなぜかどうしてもこれが書けなかった。レッドは「東京まで来てくれてうれしかった。これからもヨロシク!」みたいなことを書いてたので自分もそう書けばいいことはわかってるんだが、どうしても無理だった。苦し紛れに“You are irreplaceable to me.”という英文を書いた。どんな意味か聞かれたので「君はかけがえのない人だ」って伝えるとレッドはしきりに関心していた。


 翌日は午前10時にチェックアウトしたが、宿泊料を幾分かでも負担しようとする俺の申し出をレッドは頑として拒んだ。「新幹線代使ってまで来てくれたんだからいいの!」とのことだった。あとはカラオケやゲーセンで遊んだあと昼飯を食って、東京駅に行って帰りの新幹線に乗った。レッドは入場券を買ってホームまで見送りに来てくれた。


「じゃあ、また来週ね。」

「うん。」


 来週末、今度はレッドが福岡まで来ることになっていたのでそういう挨拶になった。列車が動き出しても、レッドはいつまでもホームで手を振っていた。

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