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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
理論編
141/182

歴史の不在証明(28)

 もちろん、この問いにどう答えようと間違いではない。どのように考えようとあなたの自由であり、他者にとやかく言われる筋合いでないのはわかっている。ただ、これはあなた/私から見た認識界が全て<物語>になるという話であり、もしこれを受け入れるならばその状況と一生付き合っていくことになる。ならば、ここでの回答が、あなたが人生の目的とするところと整合している(矛盾しない)か否かが気になるのである。


 私に関して言えば、「全てが<物語>になる」を受け入れたとしても、貧困、戦争、飢餓、格差といった社会的問題や生老病死のような個人の苦悩を解決するのに全く役立たない点が一番の要点だろうと考えている。というのは、人として生まれたからには、上に挙げたような人類の課題解決にほんのわずかでも貢献したいという目的意識を持っているからである。しかし、前述したように全てが<物語>となった世界は自分にとって居心地が良い場所なので、目の前の課題を解決しようとする意欲が失われてしまうかもしれない。なぜなら<物語>の心地よさに耽溺して、社会問題や生老病死から目をそらして生きることが可能となるからだ。


 ただし、もしそうなったとしても、課題解決を希求する目的意識を変更し、今後は自身の生理的欲求や安全欲求を優先するというなら目的と行動は矛盾しないので問題はないと私は考える。しかし、目的を変えずに課題から目をそらすというのであれば行動との間に不整合が生じる。この不整合はしばらくの間なら放置しておいてもかまわないが、長期的には持続可能でないのでいずれ問題化するだろう。最も典型的なのは、老いて死す時に「人生を無為に過ごした」と後悔するパターンである。そうなりたくなければ自分を速やかに変えるか、遅々とではあるが社会を漸進的に変えていくしかない。前者は自らの人生目標を変更することを、後者は課題から目をそむけず愚直に改善を重ねることを意味する。


 無論、<物語>の心地よさを享受しつつも課題改善に邁進することができればそれに越したことはない。しかし、ここでの前提は認識界全てが<物語>となった世界である。自分の目に見えるものは徹頭徹尾、一から十まで心地良い<物語>だけであり、自らの置かれた状況を客観的に判断するために行う内省的な分析ですら<物語>のフィルターがかかっている、前にも言ったように<物語>とは「意外性のある因果関係」=「面白い話」を提示するものであり、逆に言うなら「面白くない話」は排除される傾向を持つ。一方、社会問題や生老病死といった課題はその深刻さから重要度の序列が付けられており、面白いかどうかは基本的に重要度と関わりがない。にもかかわらず、「面白さ」に偏った価値観基準を持つ<物語>を通して世界を判断するならその結果もまた歪む可能性がある。本来なら課題の無味乾燥な事実関係だけで判断して結論を出すべきところを、少しでも「面白い」結論を選び取ってしまいかねないのだ。それがわかっているなら、そうならないよう気をつけて(・・・・・)判断すれば良い、ということにはなるのだが、率直に言ってそれは至難の業だ。もし<物語>を介していない、つまり「面白さ」で歪んでいない結論と比較考量することができるならそういう対応も可能であろうが、ここでは世界全体が<物語>で塗りつぶされている。よって「歪んでない結論」などその世界には存在しないのだ。全てが歪んだ世界の中でその歪みを自覚するのはよほど傑出した賢人でなければ不可能であろうし、歪みに気付いた賢人がそれを他者に伝えるのも困難を極めるだろう(周囲にいる私のような凡夫が持つ常識や既成概念に著しく反するため)。つまり、<物語>そのものとなった世界で課題を正しく認識するのはごく希な傑物を除けば不可能ということだ。正しい課題の認識ができなければ、それを改善することもまた不可能である。


 ここで留意したいのは、今ならばまだ正しく課題を認識することが可能ということである。なぜなら、今はまだ全てが<物語>になっておらず、前述したように、遭遇した事象のファーストインプレッション(最初期反応)、物理学(量子理論)、数学(不完全性定理の対象となる論理一般)といったそこかしこに<物語化>されていない領域を見つけることができるからだ。そこから「面白さ」で歪んでいない結論を導き出し、「面白い」結論と比較考量することが可能だ。


 以上のことから、人類の課題を解決する、すなわち世の中や自分を少しでも良くしようと考えるならば、来たるべき「全てが物語になる」ような事態を我々は看過してはならない。上で述べたように、人類のさらなる進歩を<物語>だけの世界は阻害するからである。


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