1998年9月(2)
ところでアスタロト、俺の望みだが……
〝心配にはおよばん。すべて聞き入れる。〟
ふざけるな。大言を吐いたわりには、まだなにも恩恵にあずかってないぞ。はっきり言っておくが、これで奨学金もダメで「文○賞」も受賞できなかったら契約は破棄する。どちらか一方でも失敗すれば、貴様も解雇だ。どのみち、これくらいのことも成就できなければ、貴様が悪魔であろうはずもないからな。おおかた、チンケな動物霊かなんかだろう。そうとわかれば、即刻封印してやる。この小説も、そこでジ・エンドだ。
〝貴様ごときは例え動物霊でも封印することはかなわぬ。〟
いや、できる。わかっているはずだ。例え貴様が本物の悪魔でも、俺には貴様を塵芥に帰すことができる。
〝ある意味で正しい。もっとも私の本体にはなんの影響もないがな。〟
予防線を張るな。もう失敗したときの負け惜しみの練習か?
〝契約は間違いなく履行する。腹立たしい奴だ。しかし、それでこそ死して私の僕となるにふさわしい。〟
カネのこともだが、研究がうまくいってないことも忘れるな。
〝修士論文が書ければいいのだろう?〟
語学テストもある。魔族に助力を頼むんだ。労せずして事が成らなければ、意味はないぞ。
〝ひとつ尋ねてみたいことがある。〟
なんだ?
〝「文○賞」を受賞すれば、貴様の小説家としてのキャリアが始まるだろう。そのことは貴様にとって、どんな意味をもつ?〟
特にない。ただ、受賞すれば学業を続けるための資金ができる。それだけだ。
〝信じがたい。〟
なぜだ?
〝なぜとは?〟
お前といいアスタルテといい、やけに小説にこだわるな。なぜだ?
〝お前がこだわるからだ。作家になることを金儲けとしか考えんとは、いかにも格好良すぎるとは思わんかね? それはそのまま、貴様の肥大した自意識を物語るものだ。〟
俺が知るか。とにかく契約を履行しろ。
〝仰せのままに。〟