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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
理論編
138/182

歴史の不在証明(25)

 以上[歴史の不在証明(24)まで]をまとめると、有史以前の<神話>は口頭伝承というコミュニケーションの場において、戦略的なゲームの最善手として<物語>性を高めていった、となる。そもそも原理的に伝達誤りのないコミュニケーション手段は存在しないが、その中でも口頭伝承はとりわけ誤差の入り込む余地が大きい。そこで出来た間隙に、現実的な人間の営みである政治的あるいは営利的なゲームにおいて話者が有利となる戦略的な「手」(最善手)を差し込んだのである。この場合の「最善手」とは「面白い話」を指し、「面白い話」とは最低限<因果関係>を満たした上で、より<意外性>のある主張と定義される。そして、このような「面白い話」のことを我々は日常的に「物語」と呼んでいる。


 これに対して、<怪物退治神話>等の起源として伝統的に採用されてきたのは、ダーウィニズム的なメカニズムであった。例えば、「大蛇の狩猟体験に面白おかしい尾ヒレを付ける行為が世代を超えて繰り返されるうちにドラゴン退治の神話となった」のような説明である。しかしこの仮説は、有史以前の古代人の知性を侮りすぎているだけでなく、<怪物退治>、<宇宙創世>、<英雄流浪譚>のように、各地に残る「神話」に共通のモチーフがあることが説明できない。実際、別の時代、別の場所で成立した「神話」のストーリーに同じような筋立てが多く見られるが、それが、その場その場の思いつきで面白おかしく別の人間(世代の異なる人間)が脚色することで成立したというのはどう考えても無理がある。もしそのような経緯であれば、数ある「神話」のストーリーはどれも似ておらず、地域や時代でバラバラになっていたはずである。


 一方、神話の成立は「ゲームの最善手を選択した結果である」とする本論の仮説(これを「目的主義的メカニズム」と呼ぶ)ならば、神話の共通モチーフの成立について矛盾なく説明できる。ゲーム理論では、相手がどんな「手」を出しても必ず勝てる「手」のパターンを<必勝戦略>という。現実のゲーム(日常的なコミュニケーション等)では事前に<必勝戦略>が明らかになっていることは希だが、繰り返しゲームを行い、これまでのゲームのデータを解析して次のゲームに臨むことができれば、どちらかのプレーヤーがいずれは<必勝戦略>を発見するだろう。<必勝戦略>に辿り着く確率はゲームを繰り返した回数に応じて上昇していくので、<神話>が世代を超えて語られていく(=「目的主義的メカニズム」において「物語」という「最善手」が繰り返し提示される)ほど<必勝戦略>に辿り着く可能性が高まる。また、ゲーム論において<必勝戦略>はありふれたものではなく、限られたいくつかの「手」しか知られていないので、各地に残る<神話>の類型が限られた数パターンに分類できることとも整合的である。なお、この限られた類型は、ユング心理学でいう<元型>に相当する。


 ここでまた議論というゲームの盤面をひっくり返してみたいと思う。口頭伝承による<神話>の成立において<物語>が最善手として選択され、必勝戦略として<元型>が確立していった、というのはゲーム(コミュニケーション)プレイヤーとしての人間から見た視点だが、これを別角度から見れば、<物語>が版図拡大するために口頭伝承での<神話>の確立を要請した、となる。以前、もっぱら有史以降の<物語>の発展において、<物語>が版図拡大するため、口承から手書き文字、印刷文字、音声、映像と新媒体が出る度に取り込んでいったと述べた。つまり、その構図は<物語>の進化の起点ともいえる<神話>においても全く同じだったのである。


 しかし、<物語>の有史以前(口頭伝承)と有史以降(口頭、文字、印刷、音声、映像等)の進化プロセスには明確な違いがある。それは進化スピードである。有史以降の進化は文法やカット、シーンの解釈法のような<プロトコル>に準じた形で展開していく。この<プロトコル>は生物学の進化論における<遺伝子>に相当する。例えば、ある「映画」から触発されて別の「映画」が製作された場合、ストーリーや映像そのものは全くの別物となるが、それらを視聴するための「プロトコル」(カットやシーンの解釈法等)はほとんど同じものである。ただ、新しい「映画」の方に、CGや特撮、新しい映写法、今までにない斬新なテーマといった新機軸が導入されると、それに合わせて「プロトコル」も微修正する必要が出てくる。それがここでいう「進化」に相当するが、あくまで既存の「プロトコル」を基盤に必要最小限の修正しか行われないので、1つの「映画」が作られる(1つ<世代>が進む)ことの「進化」の幅(修正の量)は決して大きくない。そういう意味では、生物学において保守的な進化(世代間で最低限の遺伝子改変しか起こらない)とされるDNA(デオキシリボ核酸、生体の中で遺伝情報を構成する)準拠の進化プロセスに相当するだろう。それに対して、有史以前の<物語>=<神話>の「プロトコル」は口語文法くらいしかない。この口語文法とその他「プロトコル」(文字や映像の)の最大の違いは、物理的な痕跡を残さないことである。したがって、ある「神話」を元に別の「神話」が語られる時(<世代>が1つ進む時)、前作の「プロトコロル」が厳密に参照可能でないため、過剰な「進化」を抑制する機構が十全に働かずプロトコル改変量は必然的に大きくなる。このことから、こちらは生物学で急進的な進化とされるRNA(リボ核酸、DNAとは別の遺伝情報物質)準拠の進化プロセスに相当する。


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