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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
理論編
133/182

歴史の不在証明(23)

 それは、考え得る選択肢の中で最も「自分にとって好ましい手(主観的な最善手)」を出すことである。例えば、先ほどの例のように「健全」を「遵法性」「将来的な収支」「社内政治」の副次情報と結びつけて認識している人であれば、これらの副次情報を「相手もまた採用していること」を前提として対峙するのである。この際、相手が実際に何の選択肢を採用しているかは関係ない。この戦略をゲーム論的に言うなら、もし相手がこれらの副次情報を前提とした議論に同意しなければ事態は振り出しに戻る(そして、相手が同意するまで副次情報の組み合わせを変えて提案を続けなくてはならない)。なので「意味がない」ということになるが、それは逆に言うなら、もし相手に同意するよう強要できる状況であるなら「有効」と言うことだ。会議や交渉など、それも重要なものから些細なものまで、我々が日常生活で直面するコミュニケーションの場は、ゲーム論の素朴な数理モデルのように公平さが担保されているわけではない。それどころか、議論の開始時点ですでに大なり小なりどちらかが優位であることがほとんどだ。また、ゲーム(コミュニケーション)のルール自体、その時点で優位な方が常に書きかえながら進行していく。そのような実践的な戦略において、先に条件を提示することは「場」を支配する上で有効な戦略たりうる。よって、自分が前提とする副次情報をまずは相手に押し付け、自分が慣れた(相手が不慣れな)土俵で戦うよう仕向けるのだ。もし、自分の慣れた土俵が特になければ、単に自分が「好きな手」(特に理由はないが主観的に好感を持つ手)を出してもよい。それを最初に押し付けることが出来たなら、心理面において自分が満足した状態でゲームを開始できる分だけ有利にもなろう。


 なお、以上の条件は相手にとっても全く同じである。したがって、相手も自分が採用した前提の上で議論の初手を繰り出してくるだろう。そして次の手で、こちら側が提示した前提を突き崩すような反論を試みようとするはずである。もちろん、こちら側も同様に相手の矛盾を突く反論を行う。つまるところ「議論」とは、出来るだけ相手の「前提」を挫き、自分の「前提」を承認させるための陣取り合戦と言える。では次に、「反論」を行うための具体的な戦略を見ていくことにしよう。


 上でも述べたように「反論」の目的は相手の矛盾を明らかにすることである。矛盾というのは、論理学的には1つの命題が真であり偽であることを言う。命題が「PならばQ」を主張するようなものならP:原因→Q:結果の因果関係があることになるが、矛盾があるとこの関係が成り立たない。以上のことから、議論において相手の矛盾を突く行為というのは、因果律が破れていることを証明することにあると言ってよい。と、これも数学的に単純化した場合の話だ。実際のリアルな議論では、「反論」の勝利条件に別の要素が加わることになる。


 例えば先に例として出した経営会議のケースでは、会社が計上した費用に対して「過大な出費だ」という意見(コスト重視派)と「将来に必要な投資だ」という意見(成長重視派)が対立していた。ここでコスト重視派が「投資額を工面するための借金の利息が、投資の結果得られる収益の額と同等かそれ以上」と指摘したとしよう。もしこれが真であれば投資しても会社は儲からないことになり、「投資で会社が将来成長できる」とする成長重視派の主張と矛盾する。一方、成長重視派も「本件と同等かそれ以上の投資額の事業が過去にいくつも承認されている」と指摘したとしよう。これももし真であれば本件のみを取り上げて出費が「過大」だとしたコスト重視派の主張と矛盾する。さて、あなたは彼らの反論のうちどちらを「有効」と見なすだろうか。単純に算数の問題として利息(費用)≧収益(利益)で儲けが出ないからコスト重視派が「有効」? しかし、経営会議の遡上に上る案件というのは、実は大半が 費用≧利益 である。この話の肝は、ここでの「利益」があくまで予想される利益(期待利益)であり、将来得られる実際の利益とはある程度の誤差があるということだ。その誤差を勘案してなお、明らかに 費用>(利益+誤差)となる案件なら会議にかけるまでもなく葬り去られているし、逆に 費用<(利益+誤差)ならやはり会議前に採択されている。また、成長重視派の言う「過去の類似案件」も、調べてみれば費用と利益の大小は時によってバラバラであったりするはずだ。さらに加えて、ここで述べたような「借金の利息」「期待利益」「過去案件の費用・利益」のような外形的表現可能物については、会議に先立って資料としてすでに配布・周知されており、よって、配布された資料に誤りがない限り、それらに関する認識の相違は生じないと前に述べたことも思い出してほしい。ならば、会議にかけられる時点で対立する意見の優劣はどっちもどっち、ドングリの背比べなのである。


 そんな中、「成長重視派が資料で報告している過去案件から、非常に重大な損失をもたらした案件が除外されている」という主張がコスト重視派から、「本件の期待利益を算出した会計業社は、経営者がコスト重視派の本社役員と友人関係にある」という主張が成長重視派から新たになされたとしよう。これらによって、ゲームの盤面がまた新たな局面に変わることは大抵の人が理解できるのではないか。


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