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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
理論編
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歴史の不在証明(20)

 しかし、例え脳同士が直接連結されるような技術が実用化されたとしても、意思伝達時に発生する誤差(以下、「伝達誤り」とする)が完全になくなるわけではない。そのような技術は我々が内心で考えている感情や抽象概念を何らかの形で可視化するはずなので、外形的な事物についての意思伝達と同様に、入出力の正誤調整を繰り返すことが可能になるというだけである。この「繰り返し」により上では「ほぼ100%の精度で正確な情報のやり取りができるようになる」と述べたが、あくまで「ほぼ」であって100%ではないことに留意されたい。つまり、わずかではあるが伝達誤りは必ず発生するのだ。


 内面を技術的に可視化してなお起こる伝達誤りは、「クオリアの問題」として知られている。例えば「赤」と言われて私が想起する“あの色”は、本当にあなたが「赤」から脳裏に浮かべているのと同じ色なのか、といった問題である。もしかすると、私の「赤」はあなたの「赤」より少し濃い色かもしれないし薄いかもしれない。それどころか私が内面で「赤」と感じている色はあなたの中で「青」と認識されているかもしれない(もしそうだとしても、補色や反対色の関係が私とあなたの中では正反対の関係になっていれば両者で色に関する矛盾は生じない)。この時、私とあなたがそれぞれ内面で感じている“赤色の感じ”をクオリアという。クオリアに差が生じる原因は、各人が生まれつき持つ資質(遺伝的特性)と生まれ育った境遇や経験による素養(社会的環境)の違いによると考えられている。であれば、通常我々のクオリアには大なり小なりの差があると考える方が自然だろう。


 このようなクオリアの違いは、1つ1つはわずかな差かもしれないが、種々雑多な事物を意思伝達する中で積み重なって致命的な認識の違いをもたらすかもしれない。それを避けるために営々と行われてきたのが「内面の可視化」であり、補助的な役割を果たしてきたのが技術や科学である。例えば、文字文化の登場前の<神話>時代であるならば、赤いモノの実物(狩りの獲物から流れる血、夕日、野苺など)を指し示すことで「赤」を例示してきた。文字が使えるようになってからは、「血」、「夕日」、「野苺」等の文字を「赤」という文字と関係付けて表現してきた。そして今日では「周波数400~500テラヘルツの可視光」と指定してやれば、科学技術の進化も相まって機械で赤い光をあなたに照射して、私が感じた「赤」を追体験させることもできる。このように、「内面の可視化」が目的とするのは、此方(こなた)のクオリアが生じる原因となった現象を再現することによって、彼方(かなた)のクオリアを追体験させることにある。ただし追体験といっても、此方と彼方のクオリアが同一である保証はない。なぜなら双方でクオリアを直接やり取りしているわけではないからだ。しかし、双方で対応するクオリアを関連付ける(ひも付ける)ことはできる。だが、それでは種々雑多なクオリアの誤差が累積することによる伝達誤りは防げないではないか、と思うかもしれない。それはその通りであるが、ひとまずはそれで「良し」としたのである。つまり、クオリアを他者に直接開示することが不可能である以上、ここで想定している伝達誤りを人類が到達できる最低水準という意味での「基準点」としよう、ということである。ただし、科学技術の発達によって「内面の可視化」の技術が進歩していけば、基準点は今後さらに低くなることが期待できる。


 以上述べた「最低水準の伝達誤り」は、口承であろうと文字であると映像であろうと、伝達の手段にかかわらず等しく生じるものである。さらに、伝達内容が不可視の感情や抽象概念である場合、伝達誤りはさらに増加することに注意しよう。それらを伝達する際に行われるのも「内面の可視化」であり、クオリアを誘発する現象の再現によるクオリアの追体験である。例えば、「悲しみ」という概念を伝達したい場合は、私が悲しいと感じた話や文章、映像をあなたに提示して、私が「悲しい」と感じた感覚を追体験させるという方法をとる。ところが、「悲しい」というのは主観的な感覚で誰もが等しく感じるものではない。提示した話、文章、映像からあなたが感じる「悲しみ」は私より多いとか少ないといったものですらなく、全くの「無感情」(楽しくも悲しくもない)になるかもしれない。つまり、外形的な事物の時のように100%再現可能(=いついかなる時も同じ現象を起こすことができる)な可視化表現(「赤」色の時の「400~500テラヘルツの可視光」のような)が存在しないので、此方と彼方で誤ったクオリアをひも付けしてしまう可能性をなくすことができない。したがって、クオリアの差による誤りに加え、クオリアの関連付け誤りも追加されるので伝達誤りが相対的に増加するのである。


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