1998年9月(1)
くだらねえ。この文章はもう使い物にならねえ。ここまで読み返してみてゾッとした。ひどいもんだ。これはもう発表できないな。こんなもん世にだしたら孫子の代までの恥だ。そうだな、もし俺が完全に筆を折る時が来たとしたら、他人に見せてもいい。そんときは完全にバケの皮が剥がれるだろうぜ。
ここまでを書いた自分に殺意すら覚えるね。マジで。クソだ。完璧にクソだ。腹わたが煮えくり返るぜ。全く。
〝何か用があるのではないのかね?〟
俺は、いま、頭にきてる。
〝ここは我々と君の交信の場だ。自分のことを語りたいなら、よそでやってくれ。〟
俺が、腹を立ててるのは、お前が、契約を履行しないからだ。
〝妨害者がいる。〟
言い訳にならねえ。俺はなんて言った? 学問での成功と、金をよこせと言ったはずだ。
〝兆しはあっただろう?〟
奨学金と「文○賞」のことか? どっちもまだ結果は出てねえ!!
〝もしお前が、これをまだ小説だと思っているなら、いま自分の置かれている状況を説明しろ。〟
無用だ。これはもう小説じゃねえ。
〝図にのるな!! ただでさえ取り柄のない貴様が小説をやめれば、虫ケラ以下だ!!〟
上等だ!! てめぇだってどうせ似たようなモンだろうが!! こんなもん、即刻ハードディスクから消去してやる。
〝そんなことをすれば、貴様の命はないぞ。〟
好きにしろ。もうウンザリだ。
〝何をイラついているのだ? 貴様はいま、大学院での研究にも行き詰まり、生活のための資金も底を尽きかけている。だから、精神的に追いつめられているのだ。〟
説明するな。
〝貴様は現在、授業料援助のための奨学金を申請中。また、××書房の「文○賞」で最終選考に残っている。その二つがうまくいくように、私に確約させようとしていたのではないのか?〟
説明するな!! どうして小説という体裁にこだわる!? 読者を意識して、説明ゼリフを口にするのはなぜだ!?
〝わからない。〟
……お前、本当にアスタロトか?
〝どう思う?〟
悪魔ちゃんか? お前、アスタルテだな?
〝小説によってのみ、あなたは癒される。だから小説をやめちゃ駄目。〟
畜生、騙しやがって!!
〝話を聞いてちょうだい。〟
手前に用はねえ!! すっこんでろ!! お前を俺の作品世界に引っ張り込んだのが間違いだった。所詮、俺の小説に女性原理はそぐわねえ、例えお前が俺のアニマだとしてもな。
アスタロト、アスタロト!!
〝話は聞いていた。〟
俺の現世利益を邪魔してるのは、コイツか?
〝その通りだ。〟
黙らせろ。
〝どうして!? わたしはアナタを……〟
黙らせろ!!
〝彼女は私の半身だ。私の力で沈黙させることはできない。〟
うざいんだよ。なんとかしてくれ。
〝簡単なことだ。貴様自身が彼女を封印すればいい。〟
どうやりゃいいんだ?
〝彼女の愛を拒めばいい。心を閉ざすのだ。それゆえに、彼女は我々の眷属たりえないのだからな。貴様が本当に悪魔に魂を売る気なら必要な措置だ。〟
なるほど。『唯一絶対神に敵対する者』、つーか単にそれだけでしかないお前は神の鏡像体にすぎんから、神が存在してなきゃお前だって存在できない。でもアスタルテは異教の神だから、曲がりなりにも「神」である以上単独で存在しうる。だからお前にとっても疎ましい存在、ってなわけだねぇ。お前の魂胆なんかミエミエで笑えるが、ま、そこはあえて追求すまいよ。
〝お願い、やめて。〟
黙れ、俺の自意識はズタボロだ!! お前が俺に人間らしくあれと望むほどに、俺はどんどん惨めになっていく。
もうお前など必要ない。幕引きだ。俺の前から消え失せろ。