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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
理論編
120/182

歴史の不在証明(10)

 その間、概念としての<歴史>は前に述べた円環型の概念からゆっくりと変化しつつあった。ヨーロッパ社会ではキリスト教が中心的な価値観になるにつれ、過去の出来事を<旧約聖書以前>、<新約聖書以後>に分けるのが普遍的な考え方となった。これは現象としての「歴史」に<前後>というベクトル(方向性)を与え、イベントを時系列に沿って再構成する力として具現化した。その結果、中世までには「時系列で串刺しされたイベント群」という、形式としては現在と変わらない「歴史」が完成していた。したがって、この時点で<歴史>は円環型から直線型の概念へと変化していたと考えられる。ただし、この時点で「歴史」に含まれる「イベント」には聖書に記された奇蹟や伝説までが含まれていたため、キリスト教以外の世界とも統合可能な概念としての<歴史>にはなりえなかった。その後、ルネサンス期と宗教改革を経る中で、ヨーロッパ社会はキリスト教におけるいくつかの奇蹟や伝説を脇に置いておく形で(それにはかなり深刻な議論を要したが)、エジプト、ギリシャ、ローマ帝国時代のイベント成立年とも西暦の上で矛盾しない「統合化された歴史」を整備した。以降、「アジア史」をはじめとする他文化世界との統合、物理学的時間の導入(天文学に基づきイベント成立年を再算定)、文献だけでなく遺跡や遺物等の物的証拠に基づく<考古学>の勃興によって「世界史」が成立し、今日のような、有史以来の全世界を網羅する、過去から未来へと直線的に進行する唯一の軌跡を描く<世界史>に概念化された。注意すべきは、これより以前にそのような概念がなかったということである。また、「世界史」の編纂に、列伝書や国史の形で数多く作られてきた現象としての「歴史」、およびそれらを収集整理するために中央集権的国家(絶対王制に始まる)の担ったコストが膨大かつ必須であったことも忘れてはならない。このことはつまり、「世界史」が成立するのはこの時代(近代の黎明期)でなければならなかった、ということを意味している。上で、「時系列で串刺しされたイベント群」としての「歴史」が中世までに成立していた、つまり過去から未来への直線的概念である<世界史>がすでに存在していたことに触れたが、しかし現象としての「世界史」が成立するには、個々の「歴史」の蓄積や編纂コストといった条件が成立する近代を待つ必要があったのである。現代人である我々は<世界史>と<歴史>をことさらに区別することなく古代や中世を<世界史>の文脈において語るが、本来ならば、その時代の「歴史」(文物や絵画、遺構、伝承)を解釈する際にはその時代の<歴史>(例えば古代ならば円環型の概念)を適用すべきことを忘れてはならない。と同時に、「その時代にはなかった<世界史>の概念を適用した場合」という条件付けさえ忘れなければ、現在の<世界史>を古代に、つまり未来の概念を過去に適用して考察することをいたずらに恐れるべきでもない。そういった意味で、我々の<歴史>=<世界史>は、現象よりも先に概念が成立していた<概念先行型>だったと言える。これは、現在の<映画>が<擬物語>(<物語>としての要件を欠くが将来満たすことを期待された概念)だったという意味で<概念先行型>であったこととの類似性を感じさせる。


 ここで、<映画>に<歴史>を導入した犯人は誰かという問題に立ち返るなら、いずれにせよ<歴史>が<映画>と出会ったのは上記したような発展をとげた後であった。この時点では、すでに現象としての「歴史」が概念としての<歴史>に追いついていたため<概念先行型>でもなかった。よって、この時点での<映画>と<歴史>の共通点とは言い難い。それどころか、概念の実現化に成功した結果、<歴史>は学問として体系化された権威を持つに至っていた。また、国家存続の正当性を保証するという意義においてそれなりの権力も備えていた。実際、近代以降の歴史家はしかるべき大学や研究機関に属している限り安定した職業であったが、黎明期の映画制作者は「儲かるか破産か」といった賭博性の強い不安定な商売であった。であれば、やはり<歴史>の側に<映画>を取り込んで勢力拡大を望むような動機は全くなかったのである。





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