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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
理論編
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歴史の不在証明(8)

 「プロトコル」の具体例としては、先述した映画のカット間における関連性などがそうだ。カットを解釈する「プロトコル」を文章化すると、①局所的な空間(通常は肉眼で見渡せる範囲)における被写体の短時間での変化(通常は数秒~数分)を記録したコマの集合体がカットである、②カットを特定の文脈によって集中的に配置した集合体がシーンである、となる。我々は日常的に、カットを視認すると①②をデコーダ・ツール(解読機)として用い文脈を取り出している。このデコーダがあれば映画『戦艦ポチョムキン』で発砲する兵士の後に坂道を転がる乳母車が映るカットを解釈することが可能だ。解釈の成果物として取り出される文脈は「帝政軍の犠牲になった罪なき幼な子」のように容易に文章化(テクスト化)しうる。そして、映画の視聴を続けることで我々の裡に蓄積していくテクストを再構成すれば、最終的には「圧政に抗う愛国者の反乱」という<物語>が出来上がるだろうし(まあ、『ポチョムキン』はプロパガンダ映画の側面があるので、こういう<物語>になるのは致し方ない)、結果としてこの「映画」のために作られた「脚本」と非常に近しい内容になるはずである。それを我々は「映画のストーリー」と呼んで批評しあい、そこに価値を見いだせば<名作>とし、そうでなければ<駄作>としている。当然ながら<名作>や<駄作>は概念上の存在だが、「プロトコル」に従って現象(連続したカット)を観察するだけでいとも簡単に得られることは驚くべきことだ。つまり、映画の「プロトコル」が果たす本質的な機能とは、現象としての「映画」(フィルムに焼きつけられたカットの順序)に隠された文章(テクスト)を取り出し<物語>として概念化することだったのだ。そして、概念化した<物語>のことを我々は一般的に<映画>(<名作>や<駄作>はその構成要素の一つ)と呼んでいるのである。


 しかしここには一種の詐術がある。上のような例を聞けば、いかにも<物語>=<映画>のように思うが、叙事的な物語ならともかく、 叙情的な物語を「映画」(現象としての映画)として表現することなど本来不可能である。主人公や脇役が「悲嘆に暮れる表情」や「歓喜を表す動作」を見せることはできても<悲嘆>や<歓喜>そのものを描くことは決してできないのだ。同じような演技を見せたとしても、文化的背景や個人の感性によって<悲劇>にも<喜劇>にも解釈されうる。監督が芸術的な意図から両義性を持たせる場合がないわけではないが、単に制作者の技量や観る側のリテラシーによって生じる錯誤の方がケースとしては多いだろう。一方、文章としての物語は、神の視点たる地の文で<悲劇>か<喜劇>かを明記すれば通常そのような錯誤は生じない。文章が下手な作者が書いたとしてもそうなのだ(それが面白いかどうかは置いておいて)。つまり、表現に関する技術的水準で考えれば<物語>=<映画>というのは明らかに<映画>に対する過大評価だ。


 にも関わらず、映画の表現者は<感情>や<理念>、何かの<衝動>といった概念を映像で表現すること決して諦めない。演技や構図に関して絶え間なく技術革新を重ね、いつしか全ての観客に真の<楽しさ>や<恐怖>、深甚な<怒り>といった<感動>を与えることを夢見ている。「夢見ている」というからには、彼らも現状で<物語>≠<映画>であることは重々承知している。だが、いつか過不足なく<物語>=<映画>となることを信じているのだ。それは言い換えると、「<映画>とは<物語>である」という言説は可能性として将来に託された事柄だということである。それが真の映画、つまり概念としての<映画>の実像なのである。付言しておくと、「映画」がたかだか百年少しという浅い歴史しかもたないことを考えれば、<物語>=<映画>は技術的にも決して実現しえない幻とは言い切れない。もし実現したならば<映画>の定義もまた変わることだろう。

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