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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
理論編
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歴史の不在証明(6)

 まずは手始めに「映画」と「歴史」の<歴史>を見ていくことにしよう。あらかじめ予告しておくと、そこには想像以上に錯綜した「現象」と<概念>の奇妙な関係性があり、<物語>の上位概念を探る上での重要な示唆がある。


 現在、「歴史映画」などといったジャンルが確立していることから、過去のある時点で「映画」に「歴史」が導入されたことは間違いない。ただし、「映画」が「歴史映画」に先んじて存在したことは、<映画>が<歴史映画>の上位概念であることを意味しない。もし、<歴史:事物の変遷の軌跡>を映像として表現するために<映画:事物の因果関係>に組み込まれたのが「歴史映画」だったのならその通りだが実際の経緯はそうではなかった。事実としての<歴史>と<映画>の出会いは、近々に起こった出来事を舞台セットと俳優などで再現するニュース演劇映画であり、ほどなくしてエイゼンシュタインの『戦艦ポチョムキン』など物語性を持つ歴史映画が制作されるようになった。この時はまだ「映画」が描く<時点>は「現在」と非常に近い<過去>だったが、<歴史>と<映画>が出会うやいなや「映画」は<未来>にも触手を伸ばし(メリエスの『月世界旅行』など)、また同時に近代以前の遠い過去にも拡張を続け、ついにキューブリックの『2001年宇宙の旅』ではサル(猿人)から人間が誕生する場面が描かれた。今や「映画」は<過去>も<未来>も自由かつ無差別に描くことができるが、制約がいつ撤廃されたかといえば、「現在」から見れば<映画の黎明期>という意味において<映画の誕生>と同時だったと言ってよいだろう。言い換えるなら、「映画」は生まれた時から、あらゆる時間(また、あらゆる空間)を全く制限されることなく任意に取り出して「現象」として提示してきた。そうやって生み出された「歴史映画」は、当然のことながら相互に整合性がとれていない。例えば、光秀が信長を裏切る理由も「映画」が作られる度に異なる仮説が提示され、場合によっては先行作品と矛盾することすらあるといった具合だ。したがって、「歴史映画」は<歴史:事物の変遷の軌跡>を具現化したものではなく、名は全く体を表していない。このような「矛盾」が生じた理由は、「映画」に「歴史」を導入した動機に起因する。


 「映画の歴史」を紐解けば、最初期の映画は日常の風景や自然現象など現実の表象を描くだけで、物珍しさから興行的に大きな成功を収めたのだという。しかし<物珍しさ>はさらなる「物珍しさ」を観客が求めるというエスカレーションを招き、撮影対象の地理的範囲も際限なく広がっていった(近郊の眺望→遠方の名勝→海外の風物→世界の秘境)。そこで直面したのは制作費の高騰である。興行主は制作費を抑えるため、実景などの<場>ではなく、そこで起きている珍しい<出来事>に着目した。最も理想的なのは歴史的な大事件を映像に収めることであったが、スマートフォンを誰もが持つ現在とは異なり、設置に人手、費用、時間が多大に必要であった当時の撮影インフラでは大変困難であった。そのような事情で、1895年に舞台俳優が実際の事件を再現した数十秒程度の『メアリー女王の処刑』が公開される(「歴史映画」の誕生)が、その数が月遅れで『水をかけられた散水夫』という映画も公開されている。これは少年のいたずらで散水夫がずぶ濡れになるという喜劇仕立ての映画であり、世界最初の「ストーリー映画」といわれている。ところで、その後の成り行きを考えれば、<映画>が本当に欲していたのは<物語>であって、<歴史>は物語の付け足しにすぎなかったと考える方が自然だ。ただ、「物語」を仮託する対象としてまさに「歴史」がうってつけであったため、ほぼ同時に登場したという流れであろう。主役はあくまで<物語>というのは、『メアリー女王の処刑』で女王を演じたのがシェークスピア俳優であったことや、「劇映画」は1986年の『悪魔の館』をはじめとしてコンスタントに代表作が制作されていたのに対し、「歴史映画」は1899年の『ドレフェス事件』まで見るべきものがほぼなかったのが傍証といえる。この時期はまだ、珍しい「場所」や「出来事」の方が「一発当てれば大き」かったのだと思うが、前述したように<物珍しさ>はエスカレーションによる行き詰まりが見えていたため、面白い「物語」で「そこそこ稼く」という堅実な戦略にシフトしたのだろう。


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