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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
理論編
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幽霊の存在可能性の証明(6)

 「幽霊が精神ウイルス(精神的な寄生体)だとして、一体何によって媒介されるのか?」という最初の問いに戻ろう。その答えは、前回考えたような人間関係、すなわちコミュニケーション相手の像(イメージ)を通じてお互いが心理的に影響を与え合う関係性のネットワークということになる。ネットワーク参加者に関するパーソナルな情報(記憶・行動パターン・趣味趣向)は互いの像を通じて交換され、相手の精神や行動を変容させる。このパーソナル情報の入力によって生じた像が精神ウイルスの実体であり、精神や行動を変容させられる人間が宿主、変容の過程がウイルスの寄生に相当する。自然界のウイルスやコンピュータ・ウイルスと同様、宿主が変容の方向性を自在に変えたり、変容自体を拒絶したりすることはできない。ただし、宿主が強い意志を持つ、正しい知識を得る、適切な他者の介入(カウンセリングなど)を受ける等の対抗措置をとることで抵抗することは可能だ。まあ、病原性ウイルスに対する人体の免疫機能みたいなもんだね。免疫が落ちているかウイルスの感染力が強かった場合、精神ウイルスは宿主たる我々に干渉されることなく自分の目的を達成することができる。その目的とは何か。それは、自然界やコンピュータに潜むウイルスと同じ「自己の増殖」だ。


 私のパーソナル情報から生まれたウイルスは私の像(イメージ)なので、寄生された人から見れば、私自身も私由来のウイルスも見た目が双子のようにそっくりなことだろう。というか私の派生物であるならウイルスもまた私自身の一部なのではないか、という疑問すらわくかもしれない。しかし、それは違う。前にも言ったように他人の中の私の像は私の制御下にない、つまり自分の手足のように動かすことはできないからだ。確かに私由来であるのに、自分の思い通りにはならない。そういった意味では「子ども」に近いだろう。そして、子どもは例え親が死んでも生き続ける。私が死んでも私のウイルス(像、イメージ)は生き続け、他人の精神・行動に影響を与え、私の幻覚を見せたり声の幻聴を聞かせたりする。もし幻覚や幻聴が強烈な感情を喚起するようなもの、例えば血まみれだったり恐ろしい形相だったりすれば目撃者の心理に強い恐怖感情を呼び起こし、その体験を他者にも伝えようとする行動に駆り立てる。動機は、他者への警告や教訓だったり、自らのストレス軽減だったり、あるいは注目を浴びたかったりと人によって様々だ。いずれにせよ私由来のウイルスは、私を直接知らない人の心にも潜むチャンスを得、さらに拡散していく。しかも像(イメージ)というやつは人から人に伝わっていく間に、最初のモノとは似ても似つかないモノになるコトがある。「トンネルで人影を見た」→「トンネルで人影を見て事故にあった」→「トンネルで着物姿の少女に追いかけられて事故にあった」→「トンネルで顔のない着物姿の……」 このような現象は伝言ゲーム参加者の聞き間違いや思い違いによって起こるのが主原因で、意図的にウソを織り交ぜたからという例は意外にも少ない(そこまで悪意を持ってコミュニケーションに参加する人が一般的でないため)。にも係わらずイメージの変化には一定の方向性がある。すなわち、より怖い方向へと改変されていくということだ。これは、聞き間違いや思い違いから生まれた多数のバージョン違いの話のうち、より怖い話の方を人々が話したがるために主流になっていくというメカニズムによる。ネガティブな話題を選んで他者に伝えたくなるのは人間の(さが)とでも言うべきもので、悪いウワサやゴシップほどまたたく間に広がってしまうことからも明らかだ。そのように悪い噂として広がっていけば、話を聞きつけたマスコミが出版や放送によってさらに大規模にイメージを頒布することすら起こりうる。これはウイルスの「自己増殖能力が高い」ことを意味している。一方、幽霊の噂が穏健なもの、例えば死の間際に温和な表情でお別れに来たといった「虫の知らせ」系のイメージであれば、おそらくそれを喜ぶ肉親や親類の範囲内でしか共有されないだろう。これは「自己増殖能力が低い」ということだ。最終的に、自己増殖能力が高いイメージは生き残り、低いイメージは残念ながら淘汰されていく。自然界のウイルスも、RNA型と呼ばれるタイプは感染するときに行う遺伝子のコピーで誤り(ミス)が起きやすい。結果、他の生物に感染した時点で親とは遺伝子が違うモノになり、生態やら属性が少し違うモノになる。それによってたくさん生まれる微妙に違うタイプの子孫のうち、より環境に適応できたものが増殖して仲間を増やし多数派になっていく。それと同じ自然淘汰が精神ウイルスでも起きるということだ。


 おおむね以上が、オレの「幽霊=精神ウイルス」説である。これなら科学と矛盾することなく幽霊が存在できるでしょ、という意味でひとまずは存在可能性の証明になってるんじゃなかろうか。ただいくつか注意点があって、例えば上で幽霊=ウイルスが拡散していくプロセスの説明に「私が死んでも」という前提を置いたが、イメージのもとになった人間の死は幽霊が存在するための必須条件でないことに注意してほしい。この前提は、ひとたび生み出された「幽霊」がイメージ元になった人間から独立して行動することをわかりやすくするために置いたものだ。つまり、私の幽霊と元になった私は別物なのだ。実際、(自然淘汰の結果とはいえ)「幽霊」の目的は自己増殖であり、そういう意味では血まみれや恐ろしい形相は彼らの戦略にかなっている。ならば「幽霊」は自ら望んで怖いビジュアルをしているということだ。なぜなら、その方が話題になりやすい=増殖しやすいから。でもイメージ元になった私自身は、もちろん好き好んで血まみれになりたいなどとは思っていない。このように今や別の目的を持ってそれぞれ生きており、もはや両者に直接の関係はない。


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