幽霊の存在可能性の証明(5)
ここでオレが気になるのは、オレの内面にある像としての“他人”が、実際どの程度オレのコントロール下にあるのかってコト。個人的な経験としては、心の中で口ゲンカしてた“上司”に言い負かされることもあるから全然コントロールできないじゃんってことになるんだけど、中には心の中でなら連戦連勝の人もいるだろうから一般化はできない。むしろ“他人”とはいえ自分の心の一部なんだから、自分が自分の思い通りにならないなんてコトはないだろう常識的に考えて、っていう人の方が多数派かな? でも、それって本当かね。
オレが心の中で“上司”に論破されるのは、その程度のことは(意識的にしろ、無意識にしろ)自分が許容しているからだという説明はできる。しかし、もし心中の“他人”像の挙動によって自分自身の生命が脅かされる事態になれば決して許容はしないだろう。だって、人間がもつ意志の中で一番強いのは「生存」の欲求だからね。でもそんな例が本当にあるのか? うん、あるね。例えば、幼児期に親から度を超えた虐待を受けると、強烈なマイナスイメージとしての“親”が心に刻印される。ひどい症例になると、成人になっても恐ろしい“親”の幻覚や幻聴にさいなまれる事になる。もちろん当人が耐えきれなくなれば自殺することだってある。犯罪を経験した人も、犯人の恐ろしいイメージに悩まされ続ける。これは“他人”像が自分の思い通りにならないという明らかな症例じゃないかな。だってさ、“他人”像を自分でコントロールできるんだったら、“虐待親”を自分にとって無害なイメージに作り変えちゃえばいいじゃん、自殺なんてハメにおちいる前に。でも、当事者の体験談を読んだり聞いたりする限りじゃ、そんなことは出来ないようだ。PTSDってやつだね。ん? 虐待や犯罪を例に引くのは極端すぎる? そうかもね。でも、これは紛れもない制御不能な“他人”像の一例。
一方で、努力や訓練によって危険な“他人”像を制御下におくことができたという実例もある。特に、普段モノを考えたり何かを思い出したりしてる意識(表層意識)に住む“他人像”は比較的改変が容易らしい。カウンセラーの指導を受けながら虐待の記憶を(慎重に)話し整理することで、“絶対的かつ強大な加害者”としての親のイメージを“虚勢を張っていただけの小さな存在”に改変できた事例もある。それどころか、無意識に潜む“他人”像も訓練によって改変することができるそうだ。無意識の現れとされる夢を通じて、そういうことを実践する精神医学の治療について聞いたことがある。一定の治療を受けることで夢に出てくる怪物(たぶん虐待親とか犯罪加害者とかの象徴)が無害な家畜に変わったりするらしい。もちろん、いつもそう上手くいくわけじゃない。カウンセラーも含めた他者との関係を一切拒絶して、妄想の中での友好的な他人(イマジナリーフレンド)との関係に逃げ込んでしまう人もいる。イマジナリーフレンドは実在する他者を反映した「鏡像」ではないから、現実の制約なしにいくらでも改変ができる。まあ、自作自演の操り人形でしかないが、嬉々として自問自答する異様な自分像を客観視しなければ心地よい関係性ではあるだろう。
ちなみに、夢を媒介とした心理療法の結果、現実世界でも変化が生じるらしい。例えば、関係が上手くいっていない自分の父親の人格を夢の中で改変すると現実の世界でも父親との対話がスムーズにできるようになる、といった具合に。この話が面白いのは、心中の“父親”像は現実の父親の「鏡像」なわけだから、当然ながら 現実の父親の言動は自己内の“父親”像 に影響を及ぼす。ところが、この心理療法の事例だと 自己内の“父親”像 →現実の父親 という影響の伝播もあることになる。影響は一方通行ではなく双方向だということだ。たぶんこの事例では、関係が上手くいくようになった父親の心中でも、息子(or娘)の像が改変されている。そもそも父親が攻撃的姿勢であったのは、彼の中の息子(or娘)の像が良くなかったからだと類推される(そのような像が正当であったかは置いておいて)。それが、心理療法で改善した“父親”像の影響を受けて、息子(or娘)のコミュニケーションのあり方が変わった。おそらく、敵対的な姿勢が緩和されたんだろう。その結果、父親の中の息子(or娘)の像も融和的なイメージに変わり、父親も関係を築き直す気になった。これがたぶん現実世界で起こったこと。
以上のことから、オレの内面にある像としての“他人”は、オレの完全なコントロール下にはないことがわかった。もし現実の他人が行動を変えれば、それをオレが知った時点で心中の“他人”像も変わる。この変化はオレには防ぎようがない。他人(の行動)→オレ(の認知)→心中の“他人”像 という影響関係だ。一方で、ある程度の努力が必要になるが、自分の中の“他人”像を改変することも可能だということがわかった。オレ→心中の“他人”像という影響関係。加えて、心中の“他人”像が変わったことで、それを反映したオレの行動が他人の“オレ”像を替え、結果他人の行動が変わることもあった。これは、オレ(の行動)→他人(の認知)→他人内の“オレ像”→他人(の行動)という影響関係。最後に、ここまでの関係を全部結合すると、他人(の行動)→オレ(の認知)→オレ内の“他人”像→オレ(の行動)→他人(の認知)→他人内の“オレ像”→他人(の行動)→……というループが出来上がる。これに第3者が加わると2重のループとなり、もう1人加わると3重、さらに加わると4重、5重となり、影響関係の複雑なネットワークが出来上がる。これがいわゆる「人間関係」というやつですよ。ただ、各人の内面まで可視化されている部分が、普段我々が思い浮かべるような人間関係とは異なる。