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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
103/182

2017年3月(17)

 はい、というわけでね、悪魔ちゃん。これが、俺が病院の天井を眺めながら「歴史」「過去」「生死」「魂」等々を自分なりの考察で再定義した結果、“新しい定義を通して見た俺の主観的な「世界」はすっかり一変してしまった” って語った顛末(てんまつ)の一部始終ってわけだよ。


“あ、そう。希有壮大(けうそうだい)な妄想をどうもありがとう。しかし、妄想っていうのは支離滅裂なものと大抵相場が決まってるけど、これは、一見科学や哲学のように体系立って見えるわね。もちろん、科学や哲学、論理学なんかの解釈や借用の仕方がデタラメなとこが多々あるけど。ところで、そういう(たぐい)いの妄想のことを一般に何て言うか知ってる?”


 「宗教」だな。ただし、俺のは「無神論者や唯物論者のための宗教」だ。


“なるほど、一応自覚はあるのね。それで? この「宗教」がどうやって私たち、つまり「悪魔」が本質的にどういう存在なのかを説明できることになるの?”


 俺さ、気付いたんだ。ここまで「自然計算」や「デジタル物理学」、「不完全性定理」、コンピュータ・シミュレーションの情報処理工学、「インフレーション理論」、「熱的死」、「エントロピー増大」の法則などなど、実にいろんな学術理論を引っ張り出してきて自説を展開してきたけども、仮に、それらに関する俺の理解が誤りだったとして、それどころか、将来的な学問の発展でそれらの理論がいくつか完全に否定されたとしても、ここで俺が出した結論の「核」は特に変わらないなって。その「核」ていうのが、世界(宇宙)が最終的に行き着く姿(状態)がどうであれ、ましてや、そこに行くための原動力(物理法則)が何であろうと、世界が終局へと至ろうとする動き(現象)が止まない限り、それが世界の「意志」なんだってことに。これまで俺は、「意志」が原因で「終局」が結果だってずーっと思ってきたけど、実は、「終局」が「意志」を規定する原因で、「意志」は「終局」から逆算して導かれた結果なんだってことに気付いた。


“いいえ、それは違うわ。あくまで原因あってこその結果、「意志」あってこその「終局」よ。アンタの言う通りなら、実現できなかった意志なんて所詮は「意志」じゃなかったみたいなことになるじゃない。そんなのおかしいわ。もし「君が死ぬまで君を愛す」って言ってた人が不慮の事故で先に死んだとしたら、「君が死ぬまで……」っていうのは彼の「意志」じゃなかったことになるの?”


 そうだよ。俺の「宗教」は、さっきから言ってるように無神論や唯物論に基づいている。だから「事実」と認定しうるのは「外形的な(=外から観察できる)現象」だけだ。それで言うなら、死んだ人間が心で何を欲してようと、そんなもの外から確認のしようがないんだから「事実」なんて呼べない。お前が挙げた例で実際に起こったのは、「不慮の事故」で死ぬリスクを過小評価した人間が、その評価に基づいて行動し、その結果事故に遭って死んだという「事実」だけだ。事故や病気のリスクを極端に回避した結果、自室から一歩も出ずに亡くなる人もいる中で、現に「事故に遭う可能性のある行動」を選択したのだから、それはまぎれもなく当人の「意志」だったと言えるだろう。つまり、その人にとっては「死ぬ(のをある程度いとわない)」のが真の「意志」だったわけだ。一方、「君が死ぬまで君を愛す」というのは、俺の「宗教」的に言うなら「繁殖」という目的を達成させるため「宇宙」が我々に強いた仮初めの「意志」から出た言葉にすぎない。そもそも「自身が後から死ぬかもしれない」という可能性を考慮してない時点で、「君が死ぬまで……」などというのは確実に達成する算段があったのかすら怪しい、単なる「お気持ち」の表明でしかない。もっとも、ある意味その「お気持ち」の中でしか存在できないお前が、人間の「お気持ち」を否定したくないというのはわからなくもないけどな。


“……それが、アンタの言う「悪魔」の本質的な存在意義ってわけ?”


 いや、違うよ。確実に起こる結果へとつながる「意志」だけが認められる、という俺が再定義した「世界」の中では、それゆえに自分の意に反した生涯を終える生物も現象も存在しないことになるんだ。人間でいうなら、事故死でも病死でも他殺でも、みんな自分なりの「意志」を(まっと)うして死んだことになるんだよ。それってある意味、森羅万象全てがハッピーな世界だと言えないか?


“考えようによってはね。”


 そう、重要なのは「考え方」だ。つまりここで言う「意志」とは「考え方」の産物であって、つまるところ概念であって物質ではないってことだ。にもかかわらず、この概念は物理機構を駆動する(そりゃそうだ、結果的に物理的変化をもたらしたものだけを「意志」と呼んでるんだから)。で、お前は以前こう言ってたよな?「死後肉体から切り離された魂は純粋に概念のみの存在になる」「私たち超自然的な存在は最初から概念存在よ」って。とすると、お前ら悪魔、いや、それだけじゃなく神や精霊、霊魂なんかも「概念」である以上、物理現象を起こせるってことだ。より正確には、生命体を含む物理機構に干渉して物理現象を起こさせることが可能だ。ならば、お前らも「宇宙」や我々「生命体」と同じく、やはり「意志」ある存在だったってことだ。


 この作品はさ、メタ的に言えば、俺がお前ら「悪魔」の力を借りながらも(前半は物理的に、後半はメンタル面も含めて)その存在を心からは信じきれず、ゆえに生じる葛藤やトラブルを描く、という構造が底流にあったと思う。それがここへ来て、ようやく俺はお前らを、いや、悪魔ちゃん、お前を概念存在として心から信じることができるようになり、しかも自分と同じ「意志あるもの」として受け入れることができたんだ。だからさ、今こそ、実は心の奥底でずっとお前に言ってあげたくて、それでも言えなかった言葉をここで言うよ。


“いや、おい……やめろ。今はやめろ。”


 悪魔ちゃん、今まで本当にありがとう。


“お前、その言い方! アンタ状況わかってるの!? 明日はアンタの生死をかけた手術の当日で、私たちの方もアスタロトとの最終決戦なのよ! しかも私たちの戦いの趨勢次第では、アンタの手術に悪影響がおよんで本当に死ぬことになるかもしれないの。そんな緊迫した状況なのに、そんなセリフ! それってまるで、まるで……”


 死亡フラグ? でもさー、だからこそ言いそびれて未練が残ってもイヤだから言ったんだけどなー。それに「手術の結果については、もうどうなろうと受け入れようって腹くくったから別にいい」って言っただろ?言うのこれで3度目だけど。つーか、俺が今日来た目的って、ぶっちゃけコレがメインだぜ? むしろ明日万一のことがあるかもしれないから、どうしても悪魔ちゃんに今までのお礼が言いたかったんだよ。


“にしても、このタイミングで……”


 まー、大丈夫だと思うよ。一応「外形的」には成功率90%以上の手術なんだし。ていうか、お礼言ってるのにそこまでキレられるとは正直思ってなかったな……あーあ、俺こんな気持ちで明日の手術に臨むのかー。


“そりゃ、こんな状況じゃなきゃ私だって嬉しかったわよ! でも……そうね、そこは素直に「どういたしまして」よね。こちらこそ、お礼を言ってくれてありがとう。じゃあ、もういい? 明日は大事な日なんだから早く休まないと。”


 いや、もう1コ。兄貴の件。手術が無事に終わったら、兄貴とは本格的に対立することになると思う。具体的には、奴が提示した「遺産分割協議書」への態度を今はまだ保留してるけど、それをはっきりと断った上で交渉を全部弁護士に任せようと思う。今の奴の認識では、俺がまだ明確に意思表示してないから基本的に「協議書」には反対じゃない、いや、これまでも常に自分の都合の良いように解釈してきたから俺が「賛成」(なのをまだ伝えてきてない)とすら考えてるかもしれない。なので、俺が態度をはっきりさせれば一方的に「裏切り」とみなし断罪してくる可能性は高い。そこまでいかなくても、関係は間違いなく険悪になるだろう。もちろん、そうなることをお袋が望んでいないのはわかってる。でも、俺としてはもう自分の心を偽ってまで関係を取り繕いたくない。それでお袋の気持ちが離れたとしても、せめて悪魔ちゃんにだけは俺の味方のままでいてほしい。それが今日最後のお願い。


“その結果、お母さんの助力が十分に得られなくて明日死ぬかもしれない、ってのはもう覚悟してるのよね。だったら仕方がないわ、どうせ言ったところで聞かないだろうし。……わかった、私はいつまでもアンタとレッドの味方よ。それに、さっきはあんなこと言ったけど、お母さんだっていくらアンタが意に沿わないことをしたからといって見捨てるなんてことは絶対にないはずよ。ただ、兄貴とのことが気がかりで100%の力を出せないかも、なんて考えたのは私が少し神経質すぎただけかも。”


 ありがとう。これでもう本当に心残りはないや。俺、この手術が終わったら今度こそ兄貴に言いたいことを言ってやるんだ。それから、レッドが前から見たいって言ってたオーロラを絶対に2人で見に行くんだ。


“……お前、やっぱわざと言ってるだろ。いいから早く寝ろ! 明日のために少しでも体力を温存しとかないといけないんだから。”


 おっと、そうはいかないぜ。もし俺が本当に死んだとき兄貴が4分の1の遺産を持っていくのはやっぱどうしても納得いかねーから、そうはさせないようレッドに生前贈与することに決めたわ。その場合、ヘタすりゃ兄貴が相続するよりも多くの金を税金で持ってかれるけど、それでも兄貴に取られるよりゃマシだ。てなワケで、明日朝一で弁護士先生に来てもらって手続きしてもらうため、これからソッコーでメール書かなきゃだからじゃあね。


“ちょっと、いつの間にそんなこと決めたのよ? さっきまでどうするか悩んでたじゃない。”


 いや、そんなのお前と会話しながらネットでいろいろ調べたに決まってるだろ。


“なんだよ、今日は「ながら召喚」だったのかよ。じゃあ、今日の明日で急に来てくれる弁護士なんてどうやって見つけるのよ?”


 見つけるも何も、兄貴から「遺産分割協議書」を渡された時点で、会社の人から弁護士先生を紹介してもらってもう会いに行っとるわ。その先生に来てもらう。もし明日朝一が無理なら、今晩中に電話で相談させてくれってメール出すわ。


“なんかせわしないわね。とにかく、そういうのはいい加減にして早く寝なさいよ。”


 おう。じゃあ、明日また手術後にな。


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