前半
推奨技能:《回避》、《投擲》or《射撃(弓)》
純推奨技能:《科学(天文学)》
探索者名:三河、境田
ロスト率:高
埼玉県川越市、駅からバスで十五分の場所にプラネタリウム施設がある。
経営が順調だったのは最初だけだった。次第に来場者数は少なくなり、今では閑古鳥が鳴いている。
「名前は七夕宇宙劇場か。出来た当初に行ったきりだったか」
タブレットから目をはなした白衣の男が眼鏡を外して口にする。
「え、教授。ここのこと知ってるんですか」
近くにいた数人の大学生らしき男女が驚いている。
「川越にあるプラネタリウムをこの私が知らないわけがないだろう。川越から数駅の場所にある大学の天文学教授であるこの境田が」
西日に照らされた研究室。ゼミ生である大学生たちは一様に苦い顔をしていた。
「本当に、そこが最後の場所なのか」
境田がそう尋ねると、大学生の一人が答える。
「はい。行方不明になった文野さんが最後に行った場所がそのプラネタリウムです」
研究室にいる全員がタブレットから目を離して無人の机に目をやる。
「……そうか。なら、実地調査といこうか」
「なにも教授が行かなくても。警察に言ったほうが」
「警察もすぐに調べはつけるだろう。だからこそ、私が先に調べるのだよ」
境田はタブレットのページをめくる。あらわれた画像は境田ゼミが天体観測をしたときに撮影した集合写真だった。野良猫みたいに目が細い文野助教授もそこには写っている。
「何もないことを調べに、な」
境田は電車とバスに乗り、七夕宇宙劇場の前に到着しました。
ちなみに、七夕宇宙劇場は観光地とは真逆にあるのか、団地方面のバスに乗ることになりました。また、そのバスには同乗者が一人だけしかいませんでした。
「随分と寂れた場所のようだ。昔は賑わっていたのにな」
『七夕宇宙劇場』と看板のかけられた建物は二階建てで、まるで隕石のように球体の建物が埋まっている。天文学者の境田でなくとも、それがプラネタリウムであることは察しがつくだろう。
境田がガラス扉を開けて建物の中へ入った。
蛍光灯のついた廊下と赤い絨毯。看板には火星を模したキャラクターが『ようこそ!』と出迎えてくれている。
土産物屋のコーナーには長机に黄道十二星座のキーホルダーや全天手ぬぐい、望遠鏡が販売されている。境田はしおりを手に取った。
GET:館内MAP
地図を確認している境田ともう一人のお客のもとに、建物の奥から男がやってくる。
「当館へようこそ、お客様」
黒いセーターと黒いチノパンに黒縁眼鏡をかけた白髪の男が笑みを浮かべている。
「ワタクシは七夕宇宙劇場の館長を務めている平良と申します。このたびはようこそおいでいただきました。お二方はご友人でしょうか……?」
平良が境田ともう一人の男に目を配る。
境田も男の方も首を横に振る。
三十近いがふけの少ない、がたいのいい男性は、
「あー、いえ。友人ではありません。三河です。数年ぶりに実家に帰省したらプラネタリウムがあるということで、来てみたのですが」
少し中の方を見る様子の三河。
恥ずかしそうに頭をかく平良は、だが喜ばしそうに言った。
「いやーお客様が少なくてお恥ずかしい限りです。ですが、プラネタリウムを見に来たのであれば丁度いいときに来られました!」
「丁度いい……とは?」
「じつは、まだメディアにはプレスリリースをしていないのですが、当館の目玉であるプラネタリウムを刷新しました。最新鋭の技術を用いた『超次元プラネタリウム プラネトゥーヌ』! 正式な封開け前ということで、インターネットなどに呟かないことを条件にお客様に先行体験をしてもらっているのです。もしよろしければ、お二方とも今からご覧に入られませんか?」
三河は「ええ」と乗り気な様子で頷く。
境田もひとまずといった感じ無精無精と首肯する。
「ああ、ありがとうございます。必ずやご満足いただけますから。それではこちらへ」
平良館長は二人を連れて一階プラネタリウムホールの扉の前にやってきた。
中に入ろうかという前に、三河が待ったをかけた。
「ああ、その前にトイレを借りられますか」
「構いませんよ。二階の奥にあります」
三河がスロープ階段を登っていくのを見届けてから、境田は平良館長にここに来た理由を話した。
「平良館長、少しお伺いしたいのですがよろしいでしょうか」
「ええ、星のことですか?」
「いえ、私の知り合いのことで。実はわたしの研究室に勤める文野という助教授が、先週から行方不明になっておりまして」
平良はいぶかしげな表情をするも、話を止めはしなかった。
「足取りを調べるなんて探偵気取りでお恥ずかしいですが、最後の足取りがこの七夕宇宙劇場だったんです。一週間前にここに来ているはずなのですが、この写真の男性についてご存じありませんか?」
「……うーん、一週間前ですか。先週は近くの保育園の天文教室があっててんてこ舞いだったので、お客様がいらっしゃられたのかどうかは、あまり覚えがありませんね」
「……そうですか」
「お力添えになれず申し訳ありません」
「いえいえ。元々自由人みたいな男ですから、そのうちひょっこり帰ってくるでしょう。いまは最新技術のプラネタリウム、楽しみにさせてもらいますよ」
手がかりなしと踏んだ境田が写真にうつっていたタブレットを鞄にしまいこむ。
すると、平良館長が強い声で聞き返してきた。
「最新技術……。最新技術について、どこかで聞いたりしましたか?」
境田は内心、怪しいことを言っただろうかと思い返す。(心理学失敗)だがまあ、技術漏洩していないか調べるのは当然のことか、と思い直す。
「いや、あなたが言った『プラネトゥーヌ』という名前以外は何も」
「そうですか。いえ、必ずやご満足いただけますよ」
と、平良はまた笑みを浮かべた。
+++
二階のトイレに向かった三河は、周りをちらと見回しながら二階の奥へと進む。
「二階のホールは開ける気がないのか柵がしてあるな。レストランは電気がついていない……営業していないのか。時間外ではなく、閉店しているみたいだな。ここの客入りなら営業するだけ損か」
三河は男子トイレに入る。少し古臭いトイレだ。手入れがしっかりしているのか汚くはない。窓はなく小さな換気扇があるだけだった。用を足した三河は一階に戻る。
「ああ、お戻りになりましたね。それではプラネタリウムにご招待いたします」
ポケットから鍵束を取り出した平良館長がプラネタリウムホールへと続く扉の鍵を開く。
ホールの中は真っ暗だった。足下に蛍光灯のひとつもない。目が暗順応してようやく椅子の輪郭が見える。真上を見上げる形で倒された椅子が円を作るように並べられていた。
三河と境田は好きな席に座った。二階席もあるみたいだが、一階席からは見えない。また、天井部分にあるはずのスクリーンも見えない。二階席部分に天幕が張られているようだった。
やがて、その天幕の間から平良館長が顔を出し「よろしいですか」と尋ねた。
「かまいません」
「……ええ」
平良館長が天幕を一人で剥がすと、そこには満点の星空が映し出されていた。
そこには空気による屈折した歪みがない宇宙そのものがあった。宇宙とこのプラネタリウムがつながっていると錯覚するほど美しく、光輝く星々は惑星としての息吹を地球に伝えようとしている圧さえ感じて畏怖を覚える。大地の上で星を見上げながら生きてきた二人は星にまつわる記憶を塗りつぶすほどの神秘的な体験に自我を揺るがした。(0/1d4)
三河はその星々に恐怖すら覚えると同時に、どうしようもなく魅了された。対して境田は天文学者ということもあってか、見慣れた星に自我を揺さぶられることはなかった。
コンソールルームから息巻いた平良館長の声が聞こえる。
「こちらが数世代先の星見の形、超次元プラネタリウム プラネトゥーヌです。従来までの光学式プラネタリウムは星の相対的な位置をもとに孔を開けた恒星原盤を用いて星を投影していました。しかし、それはあくまで擬似的な星の投影でしかない。人が手ずから作ろうとも限界があり、宇宙の全ての星を網羅することはできませんでした。しかし、超次元的な神の力によって作られたこのプラネトゥーヌは人類が待ち望んでいたこと、そう! 星を直視することが可能となりました!」
境田は上空に浮かぶ天体に知っている星を見つけた。デネブ、アルタイル、ベガ。よく知られた夏の大三角だ。
ぼうっ、とプラネタリウム一階の中央部分から弱々しい光が天井に発せられた。天井の精細で精彩な星々と比べれば荒い白黒写真のような解像度で絵柄が投影される。
「皆様方が見ているのは日本から見える夏の夜空です。夏の大三角が見えるでしょうか。明るい三点の星がデネブ、アルタイル、ベガ。俗に、アルタイルは牽牛星や彦星、ベガは織姫星と呼ばれており、この二つの星をモチーフにした七夕物語は皆様の知るところかと思います。デネブは名前だけしか知らないという方も多いかもしれません。はくちょう座の尾羽であるデネブは、実はこのなかで一番大きく明るくて、質量は太陽の一〇倍にも二十倍にもなるといわれているすごい星なのです。そこから夏の大三角から南にぐっと目を寄せると、皆様方にもその鼓動が聞こえるでしょうか。赤い星を心臓にもつのはさそり座です。さそり座のできた経緯が私は好きでして、傲慢な英雄を毒針で仕留める仕事人なんですよ。その傲慢な英雄の名は、わかる方はいますか?」
投げかけるような間を感じ取ってか、三河が声をあげた。
「いやーわかんないっす「――そう、オリオンです!(KP:ありがと!)」
二階のコンソールルームから一筋の光が星々に向けられる。やがて宇宙は塩をかけられたナメクジのようにもぞもぞとその天体模様を変えた。
コンソールルームにいる平良が懐中電灯で天体を照らしている姿が見える。軍人士官でありサバイバル知識も有している三河は、その懐中電灯が災害時にも使われるような高ルクスの機種で、太陽よりは劣るが結構な明るさを得られるものだと知っていた。
もぞもぞと天体模様を変えた星空は、夏の夜空ではなくなっていた。
コンソールルームからの光が止むと、平良館長の解説が再開された。
「オリオンがいる冬の天体です。オリオン座は健脚健腕(KP:造語。健脚の肩版がわからん)であることをご存じでしょうか。左足には明るいリゲルが、右肩には赤色超巨星のペテルギウスが屈強な英雄を作り上げています」
冬の天体に合わせた絵柄が投影される。
「ペテルギウスはここ数年で光が弱まることもあり、いつかなくなると予測されています。もっとも、矮小な我々人間と星の寿命など比べるまでもありませんが。さて、ペテルギウスとシリウス、プロキオンをつなげれば冬の大三角となります……」
煌めく星辰と平良館長の星空解説はとてもよく耳に馴染んだ。
「では、星の旅をごゆっくり」
その言葉で上映は終わったようだ。しかし未だに冬の天体が空に映し出されている。部屋が明るくなる様子もない。いまだ光を放つのはプラネトゥーヌのみだ。まるでそれ自体が発光しているようだと二人は思う。
扉が開く。
入口からの光を背に、男は影と重なっていた。
男は三河に近づいてきます。
そして何かを振りかぶった。
三河PL「かいひ」
GM「あなたは回避しようとするでしょう――」
しかし、意思の力が体に伝達されない。いや、精神がこの場に縛り付けられているかのように感じる。
三河はじっと見つめる。平良館長があなた自身に危害を加える瞬間を。意識を手放すそのときまで。
そしてその流れは予期できたことだろう。
三河の意識を奪った平良館長は境田のもとへと向かった。
境田は行方不明になった文野のことを思い出していた。
きみはまさかこの男に――。
考えは言葉としてまとまるまえに霧散した。等身大の人間による物理的な暴力によって。