神結静流《かみゆいしずる》はつかれやすい
チャイムが鳴り教師の姿が消えると、教室はバレンタインの話題で騒がしくなった。
おりしも今日はバレンタインデー。
お菓子業界の仕掛けと知りつつもそこを楽しむのがイマドキの高校生で、神結静流もそんなイマドキのギャルだ。
巻具合にこだわった髪型とミニスカート。
推定Gカップの谷間をチラ見せさせる正式衣装に身を包む、お淑やかなギャルだ。
「でさー、彼に渡すために頑張ったわけよ」
「手作りとか、彼氏さん幸せすぎっしょ」
「それってそのまま朝までバッチコーイじゃん!」
静流の机に集まった友人ギャル3人が彼氏マウントな会話に花を咲かせていた。静流はコリまくりの肩をゴキゴキ回しながら「避妊忘れんなよーw」とほどよいツッコミを入れておく。
ギャハハとかしましい声が教室に響く。
騒がしい教室だが、ひとり、またひとりと生徒が減っていく。皆一様に明るい顔をしているが、わけはおわかりだろう。
「さて、そろそろいこっかなー」
静流が机を支えによっこいせと立ち上がる。
「静流、あんたいつも疲れてんよねw」
「エナドリオススメー」
「そのデカイ胸あたしに譲れw」
友人ギャルの戯言に静流はニシシっと笑みをつくる。
「じゃ、あーしはチョコ渡しにいくから」
「は? 静流に彼ピ候補いたの?」
「うっそ、マジそれ誰?」
「ちょ、ま、そいつってばドコ高?」
ガタっと椅子を倒す勢いで立ち上がる友人ギャルらをしり目に静流は「あーしはもてもてだからねー」と軽くウインクして教室を出る。
ギャルにも色々種類がある。
静流は、ギャルとしてはお淑やかで、浮ついた話がでないギャルだった。
好きなラーメンは家系ニンニクマシマシで、ボッチ食いも平気なギャルだ。ちなみにしまラーでもある。
そんな静流の宣言に、友ギャルが食いつかないはずはなかった。
校門を出た静流は駅までの路を歩いていく。
バレンタインデーの今日は、彼氏彼女であろう組み合わせがそこらじゅうに、ぺんぺん草のように存在している。
夕焼けをハートで塗りなおしていく空気の中、静流は彼らに目もくれず歩いていく。
駅の近くまで来た。線路を渡って駅の反対側に渡らないと改札がない。
この不便さは、商店街が開発に反対していることが原因だったが、静流にとってそれはどうでもいいことだった。
目くじら立ててみても自分に利があるものはないと、クールに考えるギャルだ。
そんな静流が踏切に差し掛かった時、夕陽が忽然と消えた。空気が引き締まり、街灯が寂しげに夜を照らしいる。
だが静流は動ずることもなく、踏切に近づく。
「あー、いたし」
静流は線路わきで踏切を見つめる男子学生を見つけた。病的なほどにやせ細った顔と白い肌。精気を感じさせないその瞳。ゾンビメイクでもしているのかと問い詰めたくなる容姿だった。
赤いランプが煌々と光り、遮断機がゆっくり降りていく。カンカンカンカンと、踏切がけたたましくなり始めた。
その音を聞いたからか、学生服の彼の身体が揺らめきいた。吸い込まれるように踏切に進んでいく。キシキシとレールが軋む音が大きくなる。
ギャル「ちょっと」と声をかける。彼は振り向きもしない。静流は早足になる。鞄の中を漁り、綺麗に包装されたピンク色の箱を取りだした。
「ねー、君って如月順平君だよね。ちょっと、あーしとつきあわない?」
静流は彼の前に立ちその箱を差し出す。生気のない目が静流に向けられた。
「チョコレート。まーじ美味しいから。ホントホントwww」
静流は笑顔でチョコを彼に押し付ける。如月と呼ばれた彼は踏切に顔を向けた。
「踏切に入るのは、あーしのチョコ食べてからでもいーじゃんw」
静流の言葉に、如月の足が止まった。彼は戸惑いの顔を静流に向ける。
「オナシャス」と静流はチョコの箱を如月の手に押し込んだ。
「んふ、ありがとね。じゃ、歩こっか?」
なぜか礼を言う静流は如月の手を取り、遮断機が下りたままの踏切に入っていく。引っ張られて彼もその後についていく。
レールの軋み音は消えていた。
「その制服って○○高校っしょ? あたまいいよねー。あーしはバカだからギリギリでいまのガッコーに入れたんだよねー」
踏み切を渡り、ひとりでしゃべっていく静流。
ネオンだけが寂しく光る、人気のない夜の街を歩いていく。
「君のことはねー、ケッコー前から視てたんだ。君が学校に行かなくなってもう半年だって。時間、早すぎっしょ」
静流の話は止まらない。如月はしゃべらず、静流に手を引かれて歩いている。
寂しげに響く足音は街を通り、寺の敷地を抜け、墓地に入った。土を踏む音だけが木霊する。
静流は、とある墓の前で足を止めた。
如月家。
墓にはそう彫られていた。
静流は彼の手を離し、墓の前に屈みこんだ。鞄の中から線香とライターを取り出し、火をつけた。
線香置きに並べ、静かに手を合わせた。
「相手を探すのにてまどっちゃって遅れちゃった、ごめんね。君をいじめてたクラスメートは、あーしがボッコボコに〆といたから。ついでにひん剥いた写真をSNSでばらまいて社会的にもぶっ殺してきた。粗品が超拡散されてて超ウケルwww」
静流の背後で、如月が目を大きく開いた。
静流は立ち上がり、如月に向き直った。
「あれっしょ、アイツらに仕返ししたかったっしょ? それでいけなかったっしょ? これで心残りもなくなったっしょ」
静流が幼女のように笑うと、如月の身体が淡く光りはじめる。
彼の身体が透けはじめ、背後にある墓石が鮮明にっていく。
如月は深く頭を下げた。
「いいっていいって、安心して召されちゃいなってw」
静流はひらひらと手を振る。が、如月は頭をあげるとそこに佇み、じっと静流を見つめている。
「……あれ、成仏してくれないとこっちも困るんだけど」
静流はマジで困った顔をした。如月は首を横に振り、ゆっくり口を開いた。
「…………」
「まーねー。あーしは、成仏できない地縛霊ちゃんを除霊してるけどさー」
「…………」
「えーーー、君もなのぉー? なんか、あーしが除霊した地縛霊ちゃんってみーんな『守護霊となってあーしを護りたい』って言うんだけどー。まーじおかしー」
静流が盛大な溜息をつくが如月はにこりと笑う。
「あーしがいくらデキルの除霊師だからってー、そう憑かれちゃったら肩がこるし。昨日もアイツらをぶん殴って筋肉痛がひどいのにwww」
静流がゴキゴキ肩を回すと、彼女の背後にスーツ姿のサラリーマンとランドセルをしょった男の子の姿が浮かぶ。ふたりは笑顔でサムズアップをした。
如月は静かに頭を下げた。よろしくお願いしますと言わんばかりに。
「ちょっとー、勝手に話をまとめんなしー。あーしの家が守護霊ちゃんばっかになっちゃうじゃーん」
静流は文句と笑みをこぼす、微妙な顔をした。