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第九話


 数日ぶりのシアンの朝食は美味しかった。それを終えると、俺は大急ぎで工事を行った。取り急ぎ倉庫を二部屋作ると、元々俺たちが使っていた方の倉庫の中身を詰め替えた。空いた部屋に水場を設けて完成だ。

 水場は小さな湖……というのにもおこがましい。池でもない。自然に湧き出る水たまり、程度の規模だ。それを部屋の頭辺りに設置しておいて、石で水路を作る。要するに極小規模、この部屋限定の水道だ。十対ほどの小さな滝を作ると、村人たちは一斉に水を飲み始めた。


 それを見届けると、俺とシアン、村長は執務室に集まった。お互いに話さねばならないことは多いが、ひとまず俺から切り出した。


「村長、顔色が悪いけど。魔力なら余裕あるし、治癒魔法をかけようか?」


「いえ、これは何というか、ゲホッ」


 風邪か。老体に雪中行軍を一日させれば、こうなってもおかしくはあるまい。


「とりあえず治癒魔法をかける。効果は薄いかもしれないけど、できることはしよう」


「すみません、ありがっ」


 村長は激しく咳込んで、その場に蹲った。慌てて治癒魔法を発動する。

 治癒魔法は怪我にはよく聞くが、風邪や内臓疾患などにはあまり意味がない。ゼロではないのだが、かなり効果が劣るのだ。そのため風邪には薬草を使うとか、そういった方向でのアプローチが必要になる。


 十分ほどかけ続けると、村長は少し顔色が良くなった。しかし体調は優れないらしい。俺とシアンは顔を見合わせ、彼を無理やり自室に送り返した。

 再び二人きりになった室内で、俺はようやく本題を切り出した。


「結論から言うとね。村にまだ生き残りがいるんだ」


「えっ、本当!?」


「そういうわけで、付いてきて欲しい。村の人にも手伝って欲しいけど、あの様子じゃ無理だろう」


 体調を崩したのが村長一人だけとは考え難い。それでなくても、かなり衰弱しているはずだ。

 シアンもかなり消耗しているだろうが、現状動けるのは俺たちしかいない。


「行くわよ、もちろん」


「悪いね。今からでいい?」


 彼女は返事の代わりに部屋の外へ踵を返した。俺もその後に続いた。


 一応、通りすがりの村人に要件と外へ出ることは伝えておいた。今日はシアンもいるし飛ぶわけにもいかない。そう思ったのだが、彼女は驚きの提案をした。


「二人乗りしましょう」


「かかる魔力も二人分なんだけど、わかってる?」


「もう十二時よ。今から歩きで往復したら、また日が暮れるわ」


「帰りはどうせ歩きだから、行きは飛んでいこうってことか。わかった。でもどうやるのさ」


「こう、よっ!」


 彼女は背後から俺に抱き着いた。頭がおかしくなったかと思ったが、おかしくなりそうなのは俺の方だった。なんだか良い匂いがする。柔らかい。ふにふにしている。


「ちょっと、足持ってよ。支えてくれないと辛いんだけど」


「あ、悪い」


 流れるように太腿に手を掛けると、なんだか自分が犯罪者になったような気分だった。もちろん布越しだが、それにしたっておかしい。


「このまま飛べって言ってる?」


「早く飛んでよ。それとも無理? 私が重い?」


「あ、いや、そんなことはなっ、痛い痛い。わかった飛ぶから。首を絞めないで」


 二人で飛ぶのは初めてだ。ただぴったりくっついているし、案外あっさりと飛べた。俺はそのまま加速して、巡航速度で移動を始めた。


 初めはシアンも空の旅に興奮していたが、五分ほどで飽きたらしい。まあ、銀世界になったせいで完全に同じ景色だ。荒野の方がまだ個性があったくらいなので、当然ではある。

 そして色気の欠片もない話をし始めた。


「物資の在庫状況なんだけど、今良い?」


「良くないって言っても話すでしょ。それに、ほとんど持ち出せてないのはわかってるよ」


「うん、まあ、そうね」


 彼女は乾いた笑いを零した。盗賊との戦いで焼けた物資もあるだろうし、だいたい人数が減ったなら運べる量も減るに決まっている。


「結論ね。このままだと、あと二か月で食料が尽きるわ。燃料は思ったよりダンジョン暖かいから、急に寒くならなければ大丈夫。薪の残量は半月分くらいだけどね」


「それは全員で使って、でいいんだよな」


「もちろん。今あのダンジョンには、これから連れてくる……何人?」


「一人だ」


「その人と私たちを含めて、六十人くらいだから。嫌な言い方になるけど、はっきり言うわね。ちゃんと把握しないといけない立場だし――つまりね、物資も減ったけど、消費量もかなり減ったのよ」


 ばつが悪そうな声をしていた。ただ、俺はシアンのこういう飾らない物言いを好ましく思っている。軽く揺すってやると、彼女は溜息をついた。


「ジャックさ、私のこと子供だと思ってない?」


「や、別に」


「まぁいいけど。それで何が言いたいかって言うとね、食料が足りない」


「大狼の肉って食べられたっけ」


「んー、まあ、噛むことはできるわよ。栄養はないけど」


 味について触れていないが、恐らく死ぬほど不味いのだろう。何もなくなって気を紛らわせるのには良いかもしれない。


「そういうわけだから、食料を調達してこないといけない。一応聞くんだけど、ダンジョン魔力で何とかなったりしない? 水源みたいに」


「無理。魔物を出して食べる、ってのならできるけど」


「……どうしよっか。商人なんか冬は来ないわよね」


「来ないだろうな」


 もしかしなくても。俺たちのやったことは、数カ月間の延命措置に過ぎないのではないか。

 それきり重い沈黙が空を包み、村に辿り着いた。


 男は生きていた。体調もだいぶ良くなったらしく、一人で歩けるほどだった。そのため想像以上の速度で移動は進み、夕方ごろにはダンジョンに辿り着いた。

 それから、俺とシアンは再び会議を始めた。


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