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第七話


 元より魔族は何日か飯を抜いた程度で死にはしない。人間は一食抜くだけで大変らしいから、自分は恵まれていると思う。ただ悲しいことに、精神的な問題は別である。シアンの料理が食べたい。

 時計を見ると、もう昼だった。ほぼ二十四時間寝て過ごした計算になる。

 実は帰ってきていないだろうか。そっと執務室の扉を開いたが、やはり誰もいない。相変わらず廊下は見なれなかった。


 ダンジョンはもはや原型をとどめていなかった。俺とシアンの部屋が階段正面にあることに変わりはないが、大分奥へ移動した。こればかりはダンジョンの魔力を使ったが、やむを得ない。ともあれ廊下は五メートルほどだ。階段から見て右に行くと、居住区がある。外周をぐるっと掘って四角くし、何本か通路を通す。そこからさらに部屋を一個一個くりぬいて作った、汗と魔力の結晶だ。左側には倉庫予定地が広がっている。これも外周は掘ってあるが、くりぬきがまだだった。


 さて、やるか。部屋を出て右側に歩き始めた時、俺は違和感を覚えた。

 何というか、空気が違う気がする。さらに言えば階段の前を通った時、その感覚は頂点に達した。まさかと思い、俺は駆けだした。


 昨日作ったばかりの地上部から外へ出た。真っ白だった。幸い雪は止んだようだが、五十センチほど積もってしまっている。危険な状態だ。まだ村を出ていなければ大丈夫だろうが、道中だった場合は大変なことになる。それに、ダンジョンの位置を把握できるのはあくまでマスターだけだ。シアンなら大丈夫だとは思うが、慣れない誘導で迷っているかもしれない。


「火魔法、下級、持続」


 狼煙を上げた。物も燃やさずに煙を起こすなんて無茶そのものだが、逆に無茶すればできるのだ。魔法の便利なところである。

 魔力残量は八割。不安がないとは言えないが、やるしかあるまい。俺は寒空に飛び立った。


 一時間ばかり飛んで、俺は見落としたのではないかと不安になった。

 村の側ではいつでも出られる準備をしておく、と聞いていた。だから昨日の早朝シアンが村に向かったなら、昼前にはついたはず。あの焦りようだと村で一泊したとは考え難いから、昨日のうちに村を発っただろう。夜休んだとしても近くまでは着ているはずだ。


 雪で相当遅れたのか、それとも魔物にでも襲われ――いや、シアンと村人が合わさって、狼数匹に後れを取るとは思えない。ならばどうしたのか。不安ばかりが増していった。


 合計二時間のフライトを経て、俺は目を見開いた。オース村だ。しかし何かがおかしい。建物が崩れている。村長の家は真っ黒に変色し、潰れていた。焼け跡そのものだ。何が起きたのか。未知の危険があるかもしれないので、俺は少し離れたところに降りた。

 村は静かだった。雪を掻き分けて進んでいると、鼻を衝く臭いがした。その途端、吐き気を押して低空飛行で急いだ。

 それは死臭だった。


 村の中心部に転がる死体は、十や二十では効かない。そして、魔物の死体は一つもなかった。

 村で治療した男の声が、頭の中で反響した。気づけば、それは俺の声になっていた。


「野盗……軍人崩れ」


 こんなところに? あり得ない。何を取るというのか。俺も村長もそう思ったから、盗賊よりも寒さを気にしていたのに。武装した死体があった。ひっくり返して顔をよく見た。村人ではない。


「シアン! いたら返事をしろ!」


 いないだろう。この静けさからして、移動したに違いない。わかっているのに叫んでいた。そして無駄だろうと思いながらも、村の中を探して回った。


 ほぼすべての家が焼けていた。石造りとはいえ内装は木なので、燃える時は燃えるのだ。もちろん、生存者は一人もいない。

 村全体には死体が五十ほどあった。村人と野盗、半々くらいだった。

 最後に訪れた家は村はずれにあり、幸い焼け残っていた。戸を開くと、怪我をした若い男が一人、壁にもたれかかって座っていた。彼には見覚えがあった。


「他の人はどうした?」


 男は呻き声を上げた。意識はあるようだが、それ以上はできないらしい。俺は黙って治癒魔法をかけ始めた。


 ある程度治って来ると、彼は手で俺を制した。

「俺のことはこれくらいで十分ですから、他の人の分に回してください」


「ああ。それで何があった? 賊か?」


「はい。昨日の昼過ぎ、出発しようって時に」


「数は?」


「三十くらいです。幸い、シアン様と俺たちで殺しきれましたが」


「村を焼かれたから、出発したと」


「はい。領主様は、本隊は見てませんか」


「見てない。雪が降ったから、見落としたかもしれない」


「あぁ、雪ですか。知らなかった、道理で寒いと思ったんです」


 男は膝に手を置き、ぐっと立ち上がった。貧血もあって倒れかかったところを支えると、彼は苦笑し、座り込んだ。


「俺は置いていってください。本隊の方を領主様の所に連れて行ったら、また来てくださいよ。なあに、誇り高き魔族の男です。この程度じゃくたばりませんよ」


 確かに、魔族は一日二日の絶食で死にはしない。だが彼は怪我人だ。治癒も最低限しか行っていない。確実に死ぬというわけではないが、放置ができる容体でもなかった。

 俺が迷っていると、彼はニッと歯を見せて笑った。


「シアン様が心配なのでしょう?」


「……必ず戻って来る」


「ご武運を」


 俺は家を飛び出して、一気に空へ舞い上がった。


 上空から探しているが、反射した日光が眩しかった。一時間ほど飛んだところで、俺は仰天した。

 雪が赤く染まっていた。人が死んだ時の量ではないが、間違いなく血の赤だった。そのあたりを重点的に探すと、雪に人が通った跡がある。ダンジョンの方へと続いていた。こいつに沿って行けば合流できるはずだ。速度を上げて飛び始めた。


 遠くに地平線以外のものが見えた。それはシアンが右腕を噛まれるところだった。大狼だ。シアンは歯を食いしばって狼を左腕で殴り飛ばしたが、その背後からもう一匹迫っていた。

 魔法、間に合わない。声を上げても、恐らく聞こえない。ならば!

 俺は減速しないまま、狼目掛けて突撃した。


 幸い、咄嗟に発動した防御魔法のおかげで五体満足で済んだ。もう二度とやりたくない。周りを見ると、村人たちも各々大狼と戦っていたが、衝撃音に誰もが驚いていた。だが一番驚いているのはシアンだった。


「なんで?」


「下がってて」


 怒りに任せて魔法をぶちまけると、大狼は全滅していた。


 正気に戻ると、ついさっきまでの自分を殴りたい衝動にかられた。俺はこんなことをやっている場合か。シアンは息を荒くしていたが、とりあえず命に別状はないらしい。


「治癒魔法、自分でできる?」


「ごめ、無理」


「わかった。かけるよ」


 そう言いながらさっと辺りを見回す。重傷者はシアンだけか。なら遠慮なく私情を優先できる。右腕に軽く触れて治癒魔法を発動させると、シアンは涙を零した。痛みばかりはどうしようもない。


「ごめんね」


「うっさい。っていうか、なんでいるのよ」


「……それは後で話すから。今までの経緯を教えて欲しい」


 流れは聞いていたのと同じだった。盗賊に襲われて撃退し、村を出発。すると雪が降ってきて、魔物の襲撃を受けた。これで五回目の襲撃らしい。シアンの魔力は完全に尽きていた。


 それにしても、腑に落ちない点があった。病人に余計なことを言うのは悪いが、つい言葉が零れてしまった。


「呪いの森の魔物って、こんなに出てくるものだったっけ」


「そんなわけないでしょ。仮に居ても、はぐれとかよ」


 大狼の死体は二十近かった。俺の感覚でもあり得ないし、度々この道を通ったシアンが言うなら猶更だろう。何かが森で起きている。

 今回は大丈夫だったが、よく見ると村人にもかなりの被害が出ている。だいたい六十人だったし、死んでこそいないが大なり小なり怪我を負っていた。

 シアンの治療が済むと、他の村人も治療して回った。時刻は正午過ぎ。この状態で野営はできそうになかった。急がせる必要がある。

 村長は無事だったが、ひどくやつれていた。


「領主様、御助力、誠に……」


「前置きはいいよ。ここからダンジョンまで、だいたい――飛べば三十分かかる。何もなければ歩いて一時間くらいかな。何としても、日が沈むまでに帰るよ」


「ジャックは先導お願い。私は一番後ろについてるから」


「ああ。村長、大丈夫だよね?」


 例え大丈夫でなくても、行かねばならない。誰もがわかっていた。村長は無言で項垂れるように頷いて、よろよろと足を動かし始めた。

 彼は無言で頷いた。老体にこの寒さは堪えるだろう。俺はさっそく誘導を始めた。


 日が暮れる寸前、ダンジョンの入り口が見えた。誰からでもなく歓声が上がった。俺の先導はもう必要ないだろう。シアンの傍に行くと、村人たちは雪崩を打ってダンジョンに入っていった。最後に村長がこちらに一礼し、振り返った。その背中に、俺は声を掛けた。


「村長、入って右側が村人用の居住区になる。部屋割りは任せてもいいかな」


「お任せを。領主様は憂いなく、シアン様の方を」


 さっきも似たようなことを言われた。そんなに俺は顔に出やすいのだろうか。まあいいか、俺も入ろう。一歩踏み出したところで、気づいた。


「シアン、入ろう。風邪引くよ」


「いや……ちょっと、ね。大丈夫、後で入るから」


 彼女は明らかに躊躇っていた。個人的には折り合いをつけるのを待ってあげたかったが、そうもいかない。彼女の顔は真っ青で、今にも倒れそうだった。恐らくは貧血だろう。


「っ、だから言わんこっちゃない」


 ふらついた彼女の手を取ると、氷のように冷たかった。それでも彼女は動こうとしなかった。歩けないなら、大人しく助けを求めるはずだ。シアンは何もせず、ただ入口で立ち尽くしていた。

 最後の手段を使うことにした。


「シアン、ちょっと」


「何? って、え?」


 背後に回り込み、抱きかかえる。彼女は抵抗しようとしたが、その体力も気力も尽きていたようで、結局俺の服の裾を掴んで何も言わなくなった。


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