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第六話


 結論から言おう。着工から二週間、連日の工事の末にどうにか居住区は完成した。部屋を一つ一つくりぬいていく作業は拷問に等しかったが、それ以外の作業も拷問だったのでかろうじて乗り切れた。あとは倉庫と水場を設置すれば完成である。年明け前には村人を呼べそうだ。頑張った甲斐はあった。


 さすがのシアンも疲れたようで、ぐったりと俺のベッドで横になって管を巻いていた。一応言っておくが、彼女の部屋には彼女のベッドがある。なぜ俺のところに来るのかはわからないが、本人が満足しているので放っておいていた。

 彼女は布団の縁を手で弄びながら言った。


「このペースだと、あと三日くらいで完成だけど。村人を呼ぶのは、早い方が良いわよね」


「うん。まだ大丈夫だけど、雪が降ったら移動が難しくなる」


「なら通路作って、設計図を書いたら私は村に向かうわよ。今日中にそこまで終わらせて、明日出発する。帰りは村人も連れてくるから、何日かかるかわからないけど。それでいいかしら」


 本音を言うなら、村人の誘導は大事だし二人でやりたい。しかし雪が降ったらすべてご破算だし、遠いといってもシアンの足で数時間の距離。俺が飛べば一時間半。大荷物を抱えた村人の集団でも、一日か二日あれば到着するはずだ。


「工事が終わるか、二日経ったら様子を見に行くよ」


「ありがとう。それじゃ、再開しましょうか」


「……本当にやらないとダメ? もう限界なんだけど」


「頑張って」


 その表情には焦りが見えた。もう何日も外に出ていないからわからないが、今にも雪が降りそうなのかもしれない。いずれにせよ彼女が急ぐからには理由があるはずだ。


「わかった、明日は使い物にならないかもだけど」


「死んでてもいいから。最悪倉庫は間に合わなくてもいいのよ」


 若干朦朧とした意識を押して、俺は立ち上がった。

 時間外労働は吐瀉物の味がした。幸い放出はせずに済んだが、俺は夕食も取らずに気絶同然に眠った。




 朝起きると普段の朝食はなく、代わりに書置きとパンが置いてあった。


『気になるので行ってきます』


 実に簡潔で、そのせいで余計に不安になった。彼女の勘はよく当たる。しかもたいてい悪いことで当たる。俺は階段を上り始めた。


 顔を出して真っ先に気づいたことは、吐く息が白くなっていることだった。空は暗雲に覆われている。万が一降り出せば雨ではなく雪だろうし、この寒さなら積もるのは確実だろう。

 即座に命に係わる寒さではないが、悠長に構えていたら凍傷になる。治癒魔法は使えるが、使いたくないし使われたくもないだろう。誰だって痛いのは嫌なのだ。


 寒いので戻ろうとして、重大な問題に気づいた。このダンジョンの入り口は、荒野が陥没したようになっている。洞窟をある程度進んでいくと人二人分ほどの幅の通路が数メートル続き、そこが一階。階段を下ると二階という構造だ。

 要するにこのままだと入口が塞がれる。今まではその都度溶かしていたが、村人が外に出ることはあり得る。

 突貫工事を開始した。設計士も監督もいない職人だけの工事だった。


 完成を見て、俺は唾を吐きたい気分だった。あまりに絶望的な造形だった。荒野にぽつんと石が積まれている様は、地面から親指が生えているようだった。その一部に穴が開いていて、地下一階に続く構造だ。機能はともかく外観がひどすぎる。屹立する親指ダンジョンと呼ばれたら末代までの恥だ。

 しかし修正する魔力は残っていなかったので、不貞腐れながら自室に戻った。


 魔力はない。話し相手もいない。外にも誰もいない。何もすることがない。

 ベッドの上で寝そべって、途方に暮れていた。もう働かなくて良い、というか働けないとして、一体何をすれば良いのだろう。

 視線を彷徨わせると、本棚が目に留まった。シアンに魔法を教えた時の教本や雑多な書類の中で、ある豪華な装丁の本が目に留まった。


「そういえば、こんなものもあったな」


 俺はその本を手に取って、ベッドの上でパラパラとめくり始めた。


 その本の名は、魔王国貴族名鑑と言う。要するに魔王の認めた貴族のリストだ。こんなものが必要になったのには理由がある。


 元々、魔界は小王国や公国、伯国が分立していた。魔王が統一する前から名門の家柄もあったし、それらは統一後も多くは名門の地位を保った。だが問題がある。名門を名門として残すことは良いのだが、場所によって大公だの小王だの称号が滅茶苦茶だった。

 そこで、魔王は貴族制度を統一した。その記念事業として編纂されたのがこの本である。そしてやらされたのは当時の俺だった。ページをめくっていくと、目当ての部分を見つけた。


「サレオス伯爵家。当主、ジャック=サレオス。領地はオース村および北部辺境全域」


 要するに俺のことだが、妙に他人事のように感じてしまう。まあ今でもこの通りの封土を持っているのは間違いないのだが。なんだか嫌になって本を戻した。


 寝そべっていると、取り留めもないことを考える。今回は“あの時ああしていなければ”という妄想だ。あの時魔王の言うことに反対しなければ、俺はもっと南の方の土地も得ているはずだった。そうすれば――少なくとも、シアンにこんな貧乏暮らしを強いる必要もなかっただろう。もしかしたら爵位ももっと上がっていたかもしれない。質が悪いのはそれが完全な妄想ではなく、ほとんど既定路線の現実だったことである。


 シアンもその未来を夢見ていただろう。侯爵の臣下とあれば、男爵はともかく騎士くらいになら任じられるし、十分な給金や待遇を与えられるはずだ。しかしこの左遷と没落の中にあって、シアンは悪態と文句だけで済ませて付いてきてくれた。俺の元を離れた奴を恨むつもりはないが、シアンに特別な思い入れを持っても仕方あるまい。

 思えばずっと彼女に負担をかけている。名誉も役得もないし、どころか給金も封土も与えられていない。何かしら彼女に報いてやるべきじゃないのか。それが例え名ばかりであっても、上流貴族の為すべきことではないか。だが、一体俺に何ができるだろう。


 数秒考えた。諦めて寝ることにした。どのみち魔力の尽きた俺にできることは、何一つもないのだ。代わりに今日で魔力を回復させて、明日水場を掘ったら出掛けよう。シアンを手伝いに行くのだ。

 目を閉じて、俺はようやく気付いた。どうやら、自分は寂しがっているようだった。そこで思いついた。シアンにこの話をしてやろう。人に必要とされるのは大事なことだと、俺は身をもって知っていた。何せ左遷された身である。

 俺に渡せる褒美があることに気づいて、少し胸が暖かくなった。


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