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五十七話


 計画は順調に推移していた。地上に居を構えた者はほとんどいなかった。納税は復活しているので、今のD魔力の収入は九十万だ。ただし人口増加や昇降機の稼働、拡大する実験農場――もはや実験じゃないな。屋内農場によって、急激に支出も増大している。

 結局、D魔力の利潤は四十五万程度に落ち着いた。

 数十万で防衛階層を復旧させ、その後は素材錬成に使った。さすがに金銀宝石類は難しいが、鉄や銅などは作れる。需要を満たしきるには足りないが、ひとまず職人が暇を持て余すことはなくなった。


 そして俺はセレーネと二人で寝具に寝転がっていた。例によって抱き枕にされているのだが、これも半年以上やっていなかった計算になる。なんだか懐かしかった。


「ジャーク、元気?」


「うん。元気元気」


「痛くない?」


「ない。魔法が使えなくて腕がないくらいしか問題はないから」


「致命傷」


 そうだな。だが朗報もある。九月下旬には左腕は復活する見込みだ。あと二、三週間もすれば手首から先も生えてくるだろう。治癒魔法の心得のある者に限っては、戦後も忙しさは変わらないそうだ。それを思えば、いっそ魔法が使えなくなって良かったと考えることも不可能ではなかった。

 セレーネはにぎにぎと俺の左腕を掴んだ。


「何だい?」


「生えてる」


 何が楽しいのか。まあ好きにさせることにした。彼女は明日にもまた出発し、中央で取引しに行ってくれる。俺がこうしているのは労いの意味を込めてだ。これで満足してくれるのかはわからないが、悪くは思っていないらしい。

 ただしそれ以上に重要なのは、話があると言われたからだった。ひとしきり満足したのを見計らって、俺は声を掛けた。


「セレーネ。そろそろ本題に入っても大丈夫かな」


「そろそろ中央にはいかなくなる。今回もそのつもり」


「え?」


「そろそろ、始まる」


 何が始まる。そう尋ねようと思ったが、聞かないことにした。心当たりがあったからだ。


「戦争、か?」


「臨時政府は崩壊する」


 四大公は完全に分立状態に陥り、一時休戦の状態は失われた。臨時政府は休戦の象徴のようなものであり、必然的に四大公の協力が無ければ崩壊する運命にある。


「新魔王城が、戦場になるか」


「なる」


 首都を抑えているというのは大きい。何せ権威があるからだ。そうして、こう宣言するだろう。魔王の都を抑えている大公である自分こそが、真の魔王である、と。性格的にアカディアとシュヴェーアは動かないから、実質的にオーテスとルーレスの争いか。


「ルーレス大公に勝ち目はないね」


「ん。ラコニア公も健在」


 エリーはどう動くだろうか。一番現実的なのは――オーテス家に身を差し出すことで、新魔王城の安全を買う、だろうか。魔王唯一の娘という血筋には、何よりも価値がある。

 残酷な運命だが、現状エリーに打てる手は皆無だ。最早言うことを聞く貴族など、それこそ新魔王城の隣にいる男爵級の小領主だけだろう。勝ち目は薄い。

 わかりきった現実だが、それだけに苦々しく感じた。絶縁した友人の一人娘という複雑な関係だが、俺と彼女の仲が悪いわけでもないし、エリーは良い子だ。どうにかしたいが、どうにもできない。あの時、彼女の頼みを聞いて内務長官になっていたら、何か変えられたのだろうか。


「ジャーク、元気だして」


「あぁ、ごめん。ちょっと友達が心配でね」


「新魔王城にいるの?」


「うん」


「連れて来ようか?」


「……いや、いいよ。ありがとう。気持ちは嬉しいけど、連れてこなくていい」


「わかった」


 エリーは自分だけ逃げだすことを良しとしないだろう。それに、万一奪還軍が来たら勝ち目がない。仕方ないのだ。

 気持ちを切り替えようと、今のことに集中した。


「セレーネも身体に気を付けてね」


「ありがとう。この後はどうする?」


「寝る」


 どこで。と言いかけて、抱きしめられた。なるほどここで寝るのか。彼女も不安なのだろう。


「おやすみ」


「ああ、おやすみ。良い夢を」


 背中が暖かい。あの戦いから何か月も過ぎたのに、こうしていると未だに生を実感してしまう。できるなら、こんなことを感じないほどに平和に慣れたいものだ。

 背後から寝息が聞こえた。セレーネに先導されて、俺は眠りについた。


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