五十五話
俺は終戦とともに即座に病院送りにされ、意識を失った。
次に目覚めたのは、自室だった。ベッドの上に寝かされている。首を動かして辺りを探ったが、何も変わったところはない。身体を起こそうとすると、動かなかった。そうか。腕がないのか。
「身体強化」
腹筋だけで起きようとしたが、動かなかった。それ以前に魔法が使えない。魔力がなくなっていた。
これが代償か。いつか治るだろうが、それまで魔法なしの生活か。大声を出して人を呼ぼうとしたが、肺に物凄い痛みを感じたのでできなかった。結局起き上がれなかった。
不貞腐れて天井を眺めていると、足音がした。シアンのような気がした。しかし扉が開き、顔を覗かせたのはソフィーだった。外したか。と思ったが、シアンも続いて入ってきた。
「……あり? 先輩起きてません?」
「え? 本当?」
二人が駆け寄ってきたので、咄嗟に目を閉じてみた。他意はない。
「目閉じてるじゃないの」
「いや、でもですね。なんかさっき気配が」
いきなり腹の上に重みを感じ、声を出さないようにするので限界だった。何してんだ。この突拍子もなさはシアンに違いない。そう思ったところで、耳元で囁かれた。
「起きて?」
なんだこれは。俺は何をされているんだろう。声がむずがゆくて鼻を動かしてしまった。
べしべしと顔を叩かれた。
「起きてるじゃないの! こら! 寝たふりしてないでおきなさい!」
「痛い痛い。シアン痛い」
「あ、ごめんなさっ――いやジャックが素直に起きないのが悪いのよ」
「わぁ。先輩やっぱ起きてるじゃないっすか」
呆れた声でソフィーが応じた。思ったよりも元気そうだった。
「ちょっと揶揄いたくなってさ」
「やー、まあ先輩は知らないからしょうがないのかな。だいぶ笑えないんですよ、それ」
「なんで?」
「先輩一ヵ月ぶりの朝ですもん」
「……え?」
「一ヵ月も寝るとどうなるんすか? 身体動きます? 筋力衰えるってもんじゃないですけど、立てます?」
「ちょっちょちょ、ちょっと待って。え? 一ヵ月?」
シアンが睨みつけながら俺の腹の上から退いた。
「そうよ。ずっと目覚まさないんじゃないかって、みんな心配してたんだから」
「まあ一番心配してたのシアンさんですけどね」
「うっさい。で、どう? 気分は?」
「気分は悪くない。体調も問題ないけど……ソフィーの言った通り筋力が落ちてる。起きられない。あと、魔法が一切使えない。多分魔力が枯渇してる」
「そう。まあでも、腕はちょっと治ってるでしょ?」
言われてみれば、左肘の先に少し腕が生えている。肩からバッサリ切断された右腕も、二の腕辺りまである。治癒魔法を掛けられていたのだろう。
「ありがとう」
「はいはい。それより執務室には来なくていいけど、政務はやってもらうわ。気になってるでしょうし」
「うん。悪いけど、頼めるかな」
「ステラとロマンを連れてくるから待ってて。セレーネは……呼べたら呼ぶわ。どこにいるかわからないから」
セレーネも来ているのか。あれから一ヵ月。何が起きたかはわからないが、二人の表情に影はない。そう酷いことにはなっていないのだろう。
人を呼びにシアンが出ていくと、完全に離れた頃合いを見計らってソフィーが口を開いた。
「一回話したかったんすけど」
「なんだい?」
「起きるのが遅くてすみませんでした。経緯は聞きましたけど、キツいとこ全部先輩に任せたみたいで」
「いいよ別に。俺が総大将だから」
「それでなくてもですね。ほら、右腕と、魔法も」
「治るでしょ。そのうち」
「……右腕はそうっすけど、魔法は厳しいかもしれないんです」
そうか。衝撃を受けなかったと言えば嘘になる。だが、最善は尽くしたのだ。取り繕おうと、残念そうな表情で留めようとした。見抜かれてしまったらしく、ソフィーの表情はますます落ち込んだ。
「幸い、一生じゃないです。でも、魔力の許容量? 上限量? が、以前の三分の二くらいまで減るだろうって」
残念半分、嬉しさ半分だ。全損してもおかしくない無茶をした自覚はある。三分の二で済んだなら、むしろ運が良い方だろう。痛む心を誤魔化した。
「元々そんなに多くもないしさ。あんまり気にしなくていいよ」
「あと、領民にもすごい被害が出ちゃってて。あたしの力不足です」
「生きてるだけマシだよ。何人生き残ったの?」
「……終戦時点の全人口は、八百っす」
戦死者六百。半壊したわけだ。生きていれば治る魔族としては、珍しいくらいの損耗率だろう。内訳を聞くと、やはり兵士と領民――特に技能持ちでない、農民の損害が大きかった。民兵として動員した学者と職人衆にはほとんど被害が出ていなかった。
それより気になるのは、彼女の言いまわしだ。
「終戦時点、って言ったよね。今は?」
「……後でシアンさんから説明があるんで、それを聞いてください」
「まあそういうなら。ソフィーはどう?」
「どうって、何がっすか」
「体調。精神的にも肉体的にも。無理してない?」
「あたしのことなんだと思ってるんすか。普通に元気っすよ」
戦後のことを彼女に全部背負わせてしまった。彼女には重荷になっただろうが、その笑顔に陰りはない。一月という時間が彼女を癒してくれたのだろう。なら話題を変えるか。
「それにしても、よく来てくれたね。最後」
「最後? あぁ、本当に本当の最後ですけどね」
「それでも、助かったよ」
「あれ変なんすよね。なんか地面が揺れてたっていうか」
「……え、十五階だよね? ソフィーが寝てたのって」
「だから変なんすよ。いくらなんでも爆破の振動はそこまで伝わらないはずなので」
おっかしいなあと呟く彼女に対し、俺は何か底知れぬものがこのダンジョンにあるのではないかと感じた。だから何となく話題を変えた。
後は他愛もない雑談を続けて、シアンの帰りを待った。
三十分くらいで、幹部全員が俺の部屋に集まっていた。全員から目覚めてよかっただの眠いだの心配だのされ、結局実務的な話を始めたのは一時間後だった。
「シアン。結局のところ、何がどうなったの」
「アカディア大公が勝って終わりよ。残党とか逃亡兵はまだいるけど、組織的な人間軍は撤退したわ。地上の経緯は……私よりセレーネの方が良いわね」
「ん。わかった」
彼女は地上の経緯について説明を始めた。
予定通りにアカディア大公は人間軍への攻撃を開始した。開戦時の兵力は変わりなく、三十万の魔族軍と九十万の人間軍だ。ただ、人間側は広い範囲に分散している一方、魔族軍はほぼ一点に兵力を集中した。そのため瞬く間に最前線を突破し、数時間で第三線陣地まで攻め落としたらしい。
しかし、人間側は膨大な数の小規模な砦を建設し、バラバラに抵抗していった。本来ならば士気が下がって皆降伏してしまうのだろうが、今回は別だ。お互いに降伏の概念がない。そういうわけで、魔族軍は少しずつ削られて行った。占領した砦にも兵を残さないと、すぐに人間兵が補充に入るからだ。
もちろん前線だった地域からは全速力で人間軍が取って返し、魔族軍はそれを消し飛ばしながら進撃していった。常に半包囲されるような状態だったらしい。
しかし快調だった魔族軍に問題が起きる。単純な話、あまりにも戦線が広がって大公の処理能力を超えた。進軍速度が急激に低下し、そうこうしているうちに人間軍が集結した。
人間軍は統率なんてあってないような物だから、初めから問題にならない。ならばなぜ全員引き返したのかと言えば、誰もが魔界に取り残されるのを嫌っただけである。
如何に魔族と言えど、精神まで強靭なわけではない。三倍の敵に包囲されると恐慌状態に陥り、崩壊寸前だった指揮系統は完全に破綻する。各々の諸侯が勝手に戦う状態だ。かくして人間と魔族は超至近距離での無秩序な乱戦を始めた。
序盤は勢いのある人間軍が優勢だったが、やがて諸侯が勝手に動くようになったことでかえってアカディア大公の負担が減り、指揮能力が復活。以後は魔族が圧倒的に優位な状態になって、人界に続く道を塞ぐことに成功した。あとは殲滅戦となった。
「で、被害は?」
「魔族が十万。人間はほぼ全滅。多分八十万くらい」
「やけに魔族の戦死者が多くない?」
「混乱のせいで負傷者を治療できなかった」
「ああ、なるほど」
敵に致命傷を与えたとはいえ、こちらもかなりの損害だ。残党狩りを終えると、魔族軍は撤収したらしい。また、呪いの森の道を維持していた人間軍が粉砕されたことで、道は塞がれつつあるらしい。魔物の群れと無限に生えてくる木々に敗北したようだ。
現在は盗賊と化した双方の残党以外は誰もいないらしい。
「で。他には何かある?」
「中央で戦争が起きた」
「……うん? なんだって?」
「ラコニア公が引き返している途中、ルーレス大公の兵に襲われた。新魔王城近くで」
いやまあ、確かに効率が良い選択ではある。純軍事的以外な視点で大変なことになることを除けば。まさかそれに気づかないとも思えない。多分わざとやっているのだろう。
「えっと、それで?」
「ラコニア公とルーレス大公が殺し合って中央の一部が廃墟になった。多分今年は不作になる」
「またか。まあいいや、それじゃあ他の領主も?」
「うん。三々五々戦い始めた」
どうなってるんだ、この国は。深掘りしたところ、一応まだ臨時政府もエリザベートも無事らしい。ただ完全に権威と権力を失っただけだ。四大公もこの一件で完全に決裂し、今や臨時政府は新魔王城を支配するだけの小勢力になった。
「また人間が攻めてきたらどうするつもりなんだ」
「来ないよ?」
「なぜ」
「人界側のケーバルトンネルが陥落寸前だから。そっちから来る」
「ああ」
良かった。いや良くない。人間はあれだけ北方に投入しておきながら、人界側でも戦闘を行っていたのか?
空恐ろしいものを感じて口を噤むと、ソフィーがおずおずと手を上げた。
「あー、じゃあそれはあたしから」
北方で戦闘を行う中、人界側では人間の反撃が行われていた。
人界は南東部、南部、東部が魔族に占領されていた。南東部にあるストラス君侯国、東部のトンネル人界側を抑えるウヴァウル軍団指令の軍政下にある地域、その二つを繋ぎ、その周りを埋めるような形の小規模な領主が無数。
これを各々人間側が撃破していった。ウヴァウル軍団指令の方面では二十五万対六万、南東部ストラス君侯国方面では二十二万対三万の無謀な戦いが起きたらしい。
「で、どうなった?」
「人界の魔族二大勢力のお二人は無事です。打撃は受けましたが滅亡はしてません。ただ小規模領主の大部分は殲滅されました」
「……そっか。まあ、仕方ないな」
「はいっす」
人界に救援の魔族軍が来ることはないだろう。可哀想だがどうにもならない。
「それじゃ、次は私ね。今のサレオス伯領について」
シアンが前に出てきて、書類を突き出した。手がないので受け取れないが、これは渡しているのではなく読めということらしい。
読み始めて早々にげんなりした。
「職人や学者、貴重な人材の死者が少なかったのはありがたいけど」
「ええ。農民層が壊滅した上に、難民が大量に来たわ。ロマンが今はどうにかしてくれてる」
難民。人間の侵攻時、魔界北方の小規模領邦――要するに俺が併呑する予定だった場所――は被害を被った。陥落を免れた都市においても打撃を受けており、家を失った者は多い。しかし南に逃げたところで、今年は不作。受け入れてもらえるとは限らない。そこで、どこから話を聞きつけたのかわからないが、こっちに逃げてきたらしい。
それに付け加えて、魔族軍側の脱走兵や迷子になった兵もいる。その結果がこれだ。
「今の総人口は、二千か」
「ええ。むしろ増えたわ」
ロマンが呆れ果てたように言った。どこか疲労が滲んでいた。
「おかげでまあ、こちらは大忙しです」
「今のところは大丈夫?」
「はい。水と食糧はありますので」
「増えた人はどんなのが多い?」
「多い順に行くわね。まず農民。次に都市の下層民。あと職人や商人。裕福なのは中央に引っ込むか再建をしてるみたいだけど、立て直しの利かない中小商人や職人が多いわ。あと兵士ね」
「忠誠心は期待できないね」
「ええ。実験農場は私の判断で一年中稼働させることにしたわ」
「うん。ありがとう、それでいいよ」
これで終わりか。北方地域の併呑に動きたいところだが、今はそれどころではない。戦後復興と急増した人口への対処で手一杯だろう。その他に幾つか細かい補足を受けて、会合は終わった。
久しぶりに起きたところで頭を使ったので、少し疲れた。どうせできることもないのだし。ベッドに寝転がって、回復後の予定に考えを巡らせるのだった。
これにて一章は完結になります。お読み頂きありがとうございました。
感想評価等いただけると励みになりますので、差し支えなければ御一考いただけると幸いです。
また、この後二章に続きますので、そちらの方も読んでくださる方は、どうぞよろしくお願いいたします。




