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五十二話


 今日を含めずに考えて、残るは三日。ひとまず武器は鹵獲品で調達できたので、老人や職人――民兵の訓練を行っている。隻腕の兵らが中心となって教えているから、俺は大まかなところだけ示せば良い。昨日から始めたが、ある程度は動けるようになっている。何せ状況の逼迫していることを強制的に把握させられたから、当然と言えば当然だ。


 シアンはまた前線へ戻って行った。今傍らにいるのはステラだ。彼女自身も訓練を受けてみたが、からっきしだったので諦めた。

 今日はどうやら攻撃が緩やからしい。上は静かだし、降りてくる怪我人も少なかった。要するに明日か明後日のために力を蓄えているのだろう。

 こちらにとっても都合が良い。一日でも長く訓練できれば、彼らの死傷率も下がるはずだ。そう思うと声にも熱が入る。身体の調子から言ってあまり大声は出せないが、できる限り応援していた。


 残り二日。最終日は人間側もアカディア公の攻撃の兆候に気づくはずだ。そちらに力を割くだろうから、実質的に今日と明日が正念場になるだろう。

 民兵は四階には出さない。ステラが護衛兵と共に防壁修理を行ったらしいが、それにしたって応急処置だ。城壁が機能していない場所でこんな未熟な兵を戦わせるのは無謀に過ぎる。


 正午時点で、残存兵力は三百を割りかけていた。そこに民兵七百が加わる。恐らくだが、敵は昼夜を無視した攻勢を仕掛けてくるだろう。まだ前半戦すら終わっていないのに、我が方は壊滅状態だ。四階はもう間もなく階段手前まで押し込まれるだろう。そうなると撤退が難しくなってしまう。

 だから今のうちに撤収し、四階と五階を繋ぐ階段を封鎖することにした。完全に塞ぐとまた水の供給が止まるので、階段本体は放置して入口だけ崩した。


 午後三時頃には四階から完全に撤収した。城壁を派手に破壊する際には、ステラが協力してくれた。おかげで派手に倒壊させられたようで、数時間だが兵に休みを取らせた。


 一方、俺たち幹部にとっては本番だ。もしかしたら最後になるかもしれぬ集会が指揮所の一角で開かれていた。

 ロマンが真っ先に口火を切った。


「食糧ですが、少し早いですが一部の小麦を収穫しました。ここで空腹で負けては仕方ありませんので」


「わかった。ちなみに、多分D魔力はすぐに尽きるよ」


 民兵から徴収するわけにもいかない。完全に動けない、足を失った者なんかが後方にはいるが、百程度だ。ダンジョンの機能を維持するには到底足りなかった。

 ロマンは口を噤んだ。まあ、全員が前に出ている状況だ。後方反乱警戒も何もあった物じゃないのだろう。

 俺は彼の話を受け継いで、シアンの方を向いた。彼女の青い髪はくすんでいて、色艶がなかった。


「シアン、どうだった? 上は」


「かなりやったはずだけど、あれはダメね。恐らくだけど、治癒魔法持ちが上にいる」


「つまり、実質的に無尽蔵か……」


「いや、そうじゃないわ。人間は私たちよりも回復力に劣るから。ただ、恐れずに突っ込んで来るってだけ。あいつらの神のせいでもあるんでしょうけどね」


 ミヒャエルも言っていたが、俺たち魔族は強い存在だ。神頼りをする前に大抵のことは何とかなってしまう。本気で祈るのなんて、どうにもならない天変地異か、子供が欲しいときくらいだろう。

 何から何まで神頼みの彼らとは訳が違うのだ。一人納得していると、ぶっきらぼうに尋ね返された。


「民兵はどうなの?」


 概況を説明した。

 開戦時に投入した領民兵が八割の訓練を終えていたのだとすれば、民兵は一割。才能があるとか他所で軍役の経験があるとかで、二割だ。


「ごめんね、訓練が遅れてて。こんなことなら初めから全員にやっておけばよかったかな」


「そうでもないでしょう。後方要員が武力を持つのは暴動を招きます」


 ロマンの援護が入った。ありがたい話ではあるが、味方を適宜疑わないといけないのは堪える。


「で、民兵は何人よ」


「七百」


 職人と学者はまだしも、老人は戦えない者が多い。戦力としてはあまり期待できないだろう。実質、魔法要員だ。壁を利用しての遠距離攻撃と、局所的に数的優勢を維持することで対抗する。

 それを伝えると、シアンは顔色を悪くした。


「まあ、やるしかないわね」


「私もお手伝いしますよ」


 ロマンが声を上げた。彼は戦争に参加したことはないが、荒事――暗殺や誘拐――を率いたことはある。彼自身の戦闘能力はせいぜい民兵よりマシ程度だろうが、統率能力は侮れない。

 そうなると、余るのはステラと俺だ。実質二人一組なので、代表して俺が尋ねた。


「俺はどうする? 五階にいるべきか、下に行くか。邪魔なら下がるけど」


「……いや、五と六の階段の前にいて。私は指揮と戦闘で忙しいから、怖気づいた兵がいても気づかない」


「なるほど。戦場に戻す役割か」


「あと、単純に伯爵自ら前線にいるってのは重要よ。ズッタズタのジャックは有名だから、戦えないことに文句を言う人はいないわ」


「……そんな状態だったのか」


「正直、悲しいとか涙とかよりも先に吐き気がしたわ」


 思い出させてしまったのか、ジト目で睨まれた。

 気を取り直すように話題を振った。


「医療班は六階に下げたけど、大丈夫だったよね」


「ええ。医者が戦うのは民兵以上の悪手だもの」


 集めた兵は合計で千。敵が何万いたとしても、同時にダンジョンに入れるのはせいぜい数百だろう。本当に、ダンジョンでなければ話にもならない戦力差だった。

 まだ希望はある。糸より細く頼りないが、それに縋らねば全滅だ。


 上階から轟音が響き、ダンジョンが微かに揺れる。

 無言で顔を見合わせ、頷き合った。今すぐってことはないだろうが、急いだ方が良い。各々指揮下の兵を連れ、持ち場へ移動した。


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