四十九話
次に目を覚まして思ったことは、“あ、俺生きてるんだ”だった。
死にたかったわけではないが九割死ぬと思っていた。というか現状、身体が指の一本すら動かない。目を開くのも億劫。倦怠感に苛まれているが、意識が戻ったなら戻ったと伝えないと皆が心配するだろう。
先ほどの自爆作戦以上の力を込めて瞼を持ち上げると、赤色の髪が目に留まった。
喋ろうとするが、声が出ない。しかし自然とステラは気づいてくれたらしく、顔が引きつっていた。
「えぇ……マジであの状態でも生きてんのかよ。魔族ってすげー」
聞こえてるぞ。いや、俺も生きてることに驚きだが。抗議の意味で睨み返すと、ステラは目を丸くした。
「聞こえてんのか? もしそうなら、俺から視線を逸らせ」
逸らした。ふふんと彼女は嬉しそうに鼻を鳴らした。
「良かった。当面お前の面倒は俺が見るから、よろしくな。ソフィーは寝てるしロマンは毒霧の分の水カットとかで反乱対策に大忙し、シアンは代理で指揮をしてるからな。俺しか手が空いてないんだ」
なるほど。とりあえず幹部に死人は出ていないようで一安心だ。命の価値に差をつけることは良くないとわかってはいるが、他人の命より領民の命だし、領民の命より身近な仲間の命を優先してしまうのは仕方ないことだろう。
ステラは淡々と語り出した。
現在の残存兵力は四百。あと少しで半分だ。おまけにソフィーは一命こそ取り留めたが未だ目を覚ましておらず、領民内でも水の供給減少その他で不安が募っているらしい。
ちなみに、既に戦いから一日が経過している。
今のところ敵の侵攻はない。ミヒャエルの生死は不明だが、ひとまず急場は凌げたようだ。ただ三階から物音がするそうなので、そのうち敵が現れるだろう。
一通り状況を伝え終えると、彼女は一枚の紙を取り上げた。
「読むぜ。お前の容態」
頷こうとしたが首が動かなかった。
「全身の魔力欠乏による感覚の喪失、魔力の酷使による回復の阻害。および大量出血と全身の打撲、内臓の損傷。あとわかってるだろうが、左腕がひじから先吹き飛んでるぜ。医者曰く、なんで生きてるのかわからねーそうだ」
俺もそう思う。謎の力で動かされたので、恐らく救助が間に合ったのだろう。あれは何だったのか。
一呼吸おいて彼女は軽く言った。
「まあ安心しろ。治るらしい。魔力が回復したら感覚も戻るそうだ。ただ、戻らない方が幸せかもしれねえけどな」
何故?
目で問いかけると、痛いだろ、と帰ってきた。
たしかに、言われて見ればその通りだ。身体が動かないし何も感じない。首から上だけで生きている感覚だ。
ただまあ、治るなら何より。魔力が回復するのにどれくらいかかるかわからないが、放っておけば戻るだろう。もちろん治癒魔法を使えば、腕も半年ほどで元に戻るそうだ。
「さて。これで全部だ。あ、ちなみにここはお前の部屋だぞ。わかってるかもしれねえけど」
わかっていなかった。この六か月近く滅多に帰ってきていないからだろう。かといって自室がわからないなんてことがあるのか。
俺の動揺を尻目に、彼女は続けた。
「一日に一回は俺が来るから、何かあったら報告するぜ。んじゃあな」
彼女が立ち上がり、遠ざかっていく。首が動かないので見送ることもできない。
扉が開く音と共に、ふと足音が止んだ。
「これはまあ、あれだ。俺の個人的な話なんだがよ」
前置きの後、少し怒鳴るような調子で彼女は言った。
「ありがとな!」
何に感謝されたのかわからなかった。しかし尋ね返すこともできないまま、戸が閉まる音がした。
戦況もさっきの言葉もソフィーも気になるが、今の俺にできることはない。
寝よう。しかしそう思うと眠れないもので、悶々としたまま時間を過ごした。




