表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/59

四十八話


 どれくらい経っただろうか。

 三階から四階に続く階段の手前で、俺は一人立っていた。

 作戦のため、残る兵士たちも退避させてある。


 俺は拳を握りしめた。

 火が得意な俺と風の得意なミヒャエルは致命的に相性が悪い。ダンジョンという存在の力を借りて、ようやく拮抗できるかどうか。重要なのは、あいつも人間に過ぎず、俺が魔族だということだ。

 やがて一等大きな爆発音がして、死神が姿を現した。


「おや? お仲間はどうされました?」


 少しでも時間を稼ぎたかった。油断しきった彼ならば答えてくれるかもしれない。

 俺は肩をすくめ、さも万策尽きたように言った。


「何だって俺たちを襲うのさ。帰りなよ」


「そうもいきません。我々には勝利が必要です」


「勝利?」


「ええ。敵城一つ落とせずに帰るには、我々は血を流し過ぎました」


「最初から来なければ良い」


「そうもいきません。神の思し召しであり、また神の為必要なことですので」


「……人間の神は魔族を殺せとでも言っているのか?」


「はい。ところで、あなたは貴族でしょう?」


 何故わかる。いや、兵士から聞き出したか。

 何が言いたいのか知れないが、目的は達成できる。それに、個人的に何を言いだすか興味があった。

 彼はにこりと笑った。不気味だった。


「なら考えてみてください。魔族の宗教事情など興味はありませんが――察するに、宗教の力が弱いでしょう」


「少なくとも、こんなバカげたことは考えやしない」


「そうですか。しかし「宗教には様々な役割があります。統治を助け道徳を示し、野蛮人を文明人に変えます。そのような機能の一つとして、恵まれぬもの、哀れなものが縋るという物があります。お分かりですか?」


 その理屈は理解できる。内務長官時代の経験が役立った。だが話が読めなかった。何だというのか。

 一先ず頷くと、演説する調子で彼は続けた。


「ですから。あなた方のような“信じていないにもかかわらず救われている者”の存在は、極めて不都合なのですよ。かといって魔族が改宗したとすれば、信者同士が不平等になる」


「だから何だ?」


「いわば魔族という存在自体が不都合なのです。神にとっても、我々にとっても」


 それはどうしようもなく理解できる理屈だった。

 要するに神の敵の方が病にもかからず、寿命も長く、身体も頑健で、魔法も使えるというわけだ。それでは宗教として成り立たない。それと同時に、彼らとの和解が不可能であると悟った。

 彼は心底悲しそうな表情を浮かべた。


「前回の大聖戦の話です。魔王を討ち取った戦いの際、当然捕らえた魔族もいる」


 彼らの行く末については、もともと期待していなかった。良くて奴隷、普通は死んでいる。

 しかしその先に語られたのは、想像を絶する話だった。


「参戦していたある貴族は魔族にいたく感動し、捕虜を領国に持ち帰りました。彼は“魔族を食えば不老不死になれる”という考えに至ったそうです」


「バカな。そんな訳がない」


「その通り。獣を食し獣になるようなものです。しかし彼はそれを信じた」


「……捕らえられた魔族は、どうなったんだ」


「生きたまま四肢を食らい、治癒魔法で再生させて、生えてきたらまた食す。いやあ、惨いものでしたよ」


 俺は言葉を失った。

 ミヒャエルは同情するような表情を浮かべた。


「哀れでしょう? 救いを求めるなら神に求めるべきであり、断じて魔族に求めてはいけないのです。魔族を孕ませようという者もいましたよ。我が子孫は神になる、とか言ってね。即座に破門して処刑しましたが。これでお分かりでしょう?」


 貼り付けた笑顔のまま、彼は腕を振りかぶった。咄嗟のことに、反応が遅れた。


「魔族は――生きていてはいけないのです。一匹残らずね」


 殺気。咄嗟に右に飛んだが、左腕に焼けるような痛みが走った。

 落とされたか。肘から先の感覚がない。

 彼は距離を詰め、さらなる至近距離からの魔法を打とうとしていた。

 死んでもいい。俺はさらに部屋の隅へ走った。彼もそれを追ってきた。足に鋭い衝撃が走り、吹き飛ばされる。しかし千切れてはいない。まだ走れる。もっと引き付ける。


 俺がやらなくては。

 最後の一滴まで。治癒魔法の分は考えない、制御も要らない。思い出すのはソフィーの操る圧倒的な暴力だ。


「土魔法、上級」


「今更身を守っても――」


 違う。俺は腕を掲げて防御姿勢を取ったあと、三階の壁と天井を内側に向けて崩壊させた。


 真っ暗になり、呼吸ができない。一応呼吸できるくらいの空間は作ったつもりだったが、制御に失敗して右腕に当たってしまった。間違いなく骨が折れている。


 ミヒャエルは土魔法が使えるだろう。しかし、この量の土砂に生き埋めにされて、果たして人間が無事でいられるか。適当に残余の魔力で砂を産み、隙間が残らないように丁寧に埋めていく。適宜石に変成も行ったところで、俺の魔力は底を尽きた。


 俺がやったのは、要するに巻き込み自殺だ。諸共生き埋めにしてしまえば両方死ぬはずだ。

 左腕の肘先からは血が流れ続けている。右腕も放置して良い訳ではないし、足は表面が切れていたが、できることはなかった。魔力がないのだ。

 俺が助かるかどうかは運次第。この量の土砂を動かせるのはステラくらいだろう。言えば絶対に反対されるので伝えていないが、音で異常には気づいたはずだ。


 全身から力が抜けていく。もう何分経っただろうか。目も明けられない。倒れていると、床が動いていることに気づいた。

 助けが来たのか? いや、あり得ない。俺の場所はわからない以上、ここだけ動かすのは不可能。もちろん俺が動かしたわけではない。ダンジョンが動いているのだろうか?

 その先を考える猶予は与えられないまま、俺は意識を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ