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四十七話


 その日、俺は地下二階の階段前にいた。

 封鎖したはずの一階と二階とを繋ぐ階段が、敵に爆破されたのだ。その様子見に来ていた。


 何を企んでいる。

 警戒していると、不意に風が吹き始めた。

 別にこれだけならばおかしなことではない。よくあることだ。しかし次の瞬間、俺は息の詰まるような感覚を覚えた。咄嗟に飛び退くと、呼吸が楽になる。何か汚染された空気が流れ込んできていて、ダンジョンが浄化しているのか。

 床に手をついて確かめると、明らかにD魔力消費量が跳ね上がっていた。

 俺はソフィーを呼びに行った。


 彼女は俺の話を聞くと、自分でも嗅ぎに行った。そして微妙な表情をして、俺に答えを告げた。

 俺は思わず尋ね返した。


「唐辛子……?」


「あと硫黄の匂いもしますね」


「いや、それはわかるけど。え、唐辛子とか硫黄を燃やしてるってこと?」


「多分そうっすね。ダンジョンを攻めるには無意味ですが」


「D魔力が凄い勢いで減ってる」


「……魔力が足りなくなったら?」


 あの空気に呑まれる。一瞬吸ったくらいでは死なないが、数分、数十分となればどうなるか。

 ソフィーは渋面を浮かべた。


「水の供給、止めてください。最低限に」


「……地下の空気の浄化と、汚物なんかの処理も止める」


「ええ。あと、魔物は突っ込ませましょう。維持費かかるんすよね」


「わかった」


「先輩は対策を打っておいてください。私は一時凌ぎをします」


 一時凌ぎ?

 何をするつもりだろう。それを見てからでも遅くはあるまい。

 彼女は階段の前に仁王立ちし、手の辺りに空気を貯めていく。風が魔力を帯び、薄く緑色に輝きだした。

 そういうことか。乱暴だが良い手だ。


「風魔法ぅ! 下級! ぶっ飛べ!」


 耳をつんざくような暴風が、上に向かって放たれた。反対側の風を押し返したのだ。俺にはできない。

 ここまで桁が違うといっそ素直になれるらしく、気づけば讃えていた。彼女は照れ笑いを浮かべた。


「人間がこれで死ぬのかはわかりませんが、何かしら悪い影響があるからこっちに流してるんでしょう。だからお返ししてやりました。また流れたら押し返すんで、よろしくです」


「その前に、入口を塞いでおくよ。やり返す時だけ開けておいて」


 入口に土魔法を掛け、壁を作っておいた。気づかれて爆破されるまではこれで大丈夫だろう。

 踵を返したと同時に、ソフィーの焦った声が響いた。


「なんか来ます!」


 今作ったばかりの壁に、俺は吹き飛ばされた。


 ソフィーの警告のおかげで、かろうじて防御魔法が間に合った。

 何だったんだ。気づいて爆破するには早すぎるし、煙もない。まさか、風か?

 答え合わせをするように、階段から足音が響いてきた。俺とソフィーは臨戦態勢に入る。


 階段を下りて顔を覗かせたのは、若い男だった。初めて見るが、あの恰好は人間の司祭だろうと思った。隣にいるソフィーの苦虫を潰したような表情が、実力以外にも厄介な存在だと物語っていた。

 彼は軽蔑の表情を浮かべ、ぐるりと辺りを見回した。


「おやおや。出迎えご苦労」


 信じがたいことに、その人間が発した言葉は意味を把握できた。魔族語だった。

 驚きで固まる俺を尻目に、彼はぱちぱち、と場違いに拍手して見せた。

 油断している風に見えるが、その動きには隙がない。こいつが先程の暴風の主と見て間違いないだろう。

 ソフィーが小ばかにするような表情を浮かべた。


「あんたみたいなのはお呼びじゃないっすよ。招待もされてないのに厚かましいっすね」


「何。汚らわしい魔族風情のごっこ遊びなど、呼ばれても行きませんよ」


「じゃあ何の用っすか」


「暴徒の集会を鎮圧に」


 どっちが暴徒だ。彼の挑発に耐え切れなくなったのか、壁の一角から魔法が飛んだ。小さな火球が飛んでいく。しかし、彼はそちらに目も向けず、軽く手を払った。火は突風に掻き消された。

 強い。あんな芸当ができる兵士はいない。俺とソフィーがここで食い止めねば被害が拡大するだけか。城壁内には戻らず、迎え撃つことにした。

 緊張の高まる俺たちと対照的に、彼は自然体だった。


「これだから魔族は野蛮でいけない。そうだ。これから死にゆく貴方達に、一つ朗報を差し上げましょう。地獄で私の名を唱えてください。天国から説教してあげましょう」


「面白いことを言いますね。名乗る度胸もない癖に」


「これは失敬。名乗る価値もない者と話していたものでね。私はミヒャエル。大司教ですよ」


「そっすか。それじゃ――死ね」


 その言葉を誰が放ったのか、即座に判断できなかった。あまりにも冷徹な声だった。

 ソフィーは勢いよく突進し、剣を振りかぶった。対するミヒャエルは丸腰だった。何かがおかしい。いつでも援護できるよう、魔力弾を数十作って発射体勢に入った。

 ミヒャエルはソフィーの剣が当たる寸前、姿を消した。


「何っ!?」


「こちらですよ」


 彼は、俺とソフィーの間の地点に立っていた。視線は俺を向いている。

 まずい。溜めていた魔力弾の半分を発射しが、彼の防御魔法に防がれた。


「あるべき場所へ」


 来る。回避はできない。ならば防御――する寸前、俺は勢いよく天井に叩きつけられた。


「先輩っ!」


 然程痛みはない。

 地面に落下しながら、飛行魔法を発動した。

 しかし姿勢が安定しなかった。すぐに地上に降り、ソフィーに聞こえるように言った。


「風だ!」


 ふっ、と小ばかにしたような表情が目に焼き付いた。しかし、奴の防御魔法は半壊している。

 残りの魔力弾も発射すると、彼は再び姿を消した。

 何かがおかしい。転移魔法のようだが、魔力の流れが違う。これも風か。


「ソフィー! そいつは風しか使わない! それで避けてるんだ!」


「何をおっしゃいます。ちゃんと防御もしているでしょう?」


 余裕の口ぶりだが、恐らくこれが真実だ。しかし、どこにそんな魔力量があるのか。魔王ならば納得がいくが――いや、身近にいるじゃないか。似たような例が。ソフィーに聞こえるよう叫んだ。


「そいつはセレーネの風版だ!」


「マジっすか! 性格も似れば良かったんすけど、ねぇ!」


 ミヒャエルの移動先に、ソフィーが突進していく。彼は回避し後方へ跳躍した。


「行儀が悪いですねえ!」


 そう言いながら、彼の腕に凄まじい量の魔力を感知した。


「ソフィー! 防御!」

 

 彼女ではわからない。魔力の流れを知るにはあまりにも拙いからだ。

 だからか、警告への反応が一拍遅れた。彼の腕の周りが緑色に変色し、ソフィーが目を見開く。

 巨大な風の刃が、ソフィーを襲った。


 彼女のの腹部から血飛沫が舞った。急ごしらえの防御魔法は技量の拙さと時間の不足のために容易に突破されていた。


「あ……」


 そんな声が聞こえ、脳に血が上っていくのを感じ、舌を噛んだ。

 怒るな。冷静に考えろ。彼女を助けるには何をするべきだ?

 まず真っ先にやるべきは、追撃を防ぐこと。次を貰えば命はない。


 俺は駆け寄りながら、彼女の前に防御魔法を展開した。

 彼女は意識を失っているらしく、反応はなかった。それどころか腹部はかなり深く切られていて、内臓が零れ落ちそうになっていた。両断こそされていないものの、致命傷だ。

 彼女を抱えて背後へ跳躍した。

 

「させませんよ?」

 暴風が俺を襲う。ソフィーを落とす訳にはいかない。それに、今のでわかった。あの風の刃は大技だ。連続では使えないらしい。

 この化物に風で対抗するのは不可能だ。ならば。

 俺は城門まで土で囲いを作った。これで風は防ぎきれる。背後から舌打ちが聞こえた。


 地下に戻りソフィーを医療班に渡すと、すぐに上階へ戻ることにした。容体が気になるところだが、彼女の戦いを無駄にするわけにはいかない。

 歩き出すと、隣にシアンが並んだ。気持ちは痛いほどわかる。しかし俺は冷たい声を発した。


「シアン。今すぐ全兵士を集めてきてほしい。叩き起こしてでも」


「……わかったわ」


 三階にいた後衛の兵も全員引き連れていく。今頃は二階の兵が交戦しているだろうが、一般兵でどこまで持つか。しかし、防壁に籠っていればかなり脅威度は減るはず――。


 そんな考えは、お見通しだったらしい。

 上から爆発音がした。今まで聞いた音の中で一番大きかった。ダンジョン全体が揺さぶられ、立っているのも難しいほどの衝撃が走った。何が起きたのかはすぐにわかる。二階の兵はもう助からない。いや、三階も危うい。


「すぐに撤収しろ! 五階に! 後衛の兵は撤収を手伝え!」


 階段を登りきると、俺の推定は事実に変わった。階段前の部屋が崩落し、塞がれていた。大方爆破部隊か――いや、自爆か。いずれにせよ、もはやどうにもならない。

 俺は三階に戻りつつ、階段の天井や壁を崩していった。


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