四十六話
六月上旬。外は暖かくなったころだろう。四月の間は散発的に攻撃が続いていたが、五月に入って我々と人間側で暗黙の休戦関係が出来ていた。彼らは一階から先に進まないし、俺たちも一階を攻撃しない。地上では激戦が続いているらしいが、迂闊に刺激すれば我々は踏みつぶされる。
しかし、この二か月何もしていなかったわけではない。戦死者と腕や足を失った者以外は戦線に復帰した。合計兵数は六百人。最早軍団兵も領民兵もないほど、戦い抜いてきた。
壁も全面的に修理を終えたし、二階には大狼が十匹ほど待機していた。手入れどころではなかった武具も修理と補強を済ませ、概ね初期状態の戦闘力を取り戻したと言えよう。俺たちに打てる手はすべて打った。
あとは外の魔族軍の働き次第だが、こちらが芳しくなかった。
ようやく団結した魔族軍と、雪解けで動けるようになった人間軍は各地で激戦を繰り広げた。魔族軍は余裕があったが、意欲に欠ける。そこを突いた人間に敗北を喫したこともある。魔族が基礎能力の差で蹂躙したこともある。一進一退と言えるだろう。
損害状況としては、既に五万の魔族兵が倒れた。一方の人間側には既に三十万近い損害が出ているらしい。飛行魔法で飛んでいけば、末期的な光景が見られるだろう。
事ここに至って、ヴォルムス帝国皇帝直卒の軍勢が森を抜けてきたらしい。これで恐らく全部だ、という話だった。
これは吉報だ。敵兵力に底が見えた。
しかしそれ以上に悪い報告もあった。魔界中央部において、居残っていた諸侯同士が諍いを起こしたらしい。何を馬鹿なことをしていると怒鳴りつけたかったが、さらなる馬鹿がいた。よりにもよって、新魔王城で処理を行っていた残りの三大公は、これを放置したのである。
これはつまり、自分たちが留守にしている間に何か起きようとも政府は何もしません、ということになる。だったら諸侯が政府に尽くす理由はない。
この一件により、長い召集に不満を貯め込んでいた諸侯の不満が爆発。アカディア大公が諸侯の立場を擁護し、三大公への不満を表明したことでかろうじて全軍の崩壊は抑えられたが、兵の流出は止まらなかった。合計十万の兵が勝手に帰還した。
この状況を踏まえた上で戦力を比較する。魔族軍は三十万。対する人間軍は九十万だそうだ。三十万死んでこれだから、どうも百万というのは過小評価だったらしい。しかも、五万を兵站維持に回しているとか。
最近思うのだが、ルーレス大公は意図的に乱世に戻そうとしているのではないだろうか。だとすれば天才的な頭脳を持ったアホだ。彼は野心家だったし、中途半端に実力もあった。しかし魔王ほどのカリスマ性や圧倒的な実力があるかと言えば、ない。元々ルーレス家はベリアレ家の分家に過ぎず、爵位だって子爵だったのをこの十年ばかりで大公になったのだ。権威がない上に実力も半端な者に、いったい誰がついていくのか。
いや、アレに文句を言っても無駄か。
ともあれ、ルーレス大公は余計な細工を行った。さすがにラコニア公を攻撃することはなかったが、戦費が厳しいから早く戦争を終わらせるようにアカディア大公に要求した。長い召集に不満を抱いていた諸侯もこれに賛同し、無謀な攻撃が決定されてしまった。
四月ならば四十五万と六十万だから、勝ち目はあった。だが、今の戦力比では?
ソフィー曰く、五分らしい。作戦は元の通り、連絡路の遮断による分断殲滅を狙う。時期は六月下旬と定まった。
あと二週間ほどで、戦いが始まる。しかしどこか蚊帳の外に置かれたような感覚を、俺たちは覚えていた。
きっとこれは油断だったのだろう。しかし誰が責められようか。もう六か月もずっと籠城してきたのだ。
地上での作戦決行まであと二週間。我々に災いが降りかかった。




