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四十四話


 しばし話していると、視界の端の異常に気付いた。銅板が青白く光っている。セレーネか。俺たちは二人で銅板に触れた。


「セレーネ? どうした?」


「……今、周りに人は?」


「あたしがいるだけっすよ」


「じゃあ言う。こっちの作戦は失敗した」


 脳が理解を拒絶した。意味を咀嚼するのに俺が手間取っていると、隣で焦った声が聞こえた。


「ちょ、待ってください。四月下旬に動くんですよね? まだまだ先じゃないっすか」


「……自殺しないって誓ってくれる?」


「え? あぁ、うん。もちろん」


「あたしもっすよ。魔王様死んでも自殺しなかったんですから、当たり前じゃないっすか」


 セレーネが恐る恐る語ったのは、魔族と人間の愚かしさを煮詰めたような話だった。


 魔族側総大将はアカディア大公。そしてもちろん、その他の大勢の諸侯がいる。諸侯軍においては総大将の下に魔王国の直臣がいて、その下に陪臣がいるという構造だ。俺があの軍に参加していた場合、アカディア大公、俺、シアンと言う風に繋がるわけだ。

 そして今回、アカディア大公は諸侯の取りまとめに失敗した。これは彼の無能のためだけではない。そもそも国としての体裁を保って諸侯が集まっただけ奇跡なのだ。もっとも、諸侯と言えども大部分は代理の指揮官を派遣しただけで、当主自身は不在らしいが。


 この状態では総大将と言えどもお飾りだ。

 籠城策、積極策、誘引、とにかくありとあらゆる作戦に異論が飛び交う惨状で、最終的に魔族軍は三つに分裂した。


 一点突破の攻撃を提唱するアカディア大公派。これが聞いていた作戦の支持母体だ。

 次に漸進的な攻撃を提唱するラコニア公派。一つ一つ砦を奪い、森に押し返そうという作戦だ。王道と言えば王道。

 そして有象無象の集合体だ。彼らの表向きの主張は、人間は放置すれば餓死するから防衛だけで良いという策。本音は兵を失いたくないだけだろう。

 この三派は二十万、十万、十万で分かれて布陣した。

 大公軍は森との最短距離に、ラコニア公軍は前線だがもう少し東寄り、森から離れた地域に、そして雑多な諸侯たちは各々好き勝手に前線沿いに散らばった。


 これだけ聞いても愚かとしか言いようがないのだが、状況はさらに悪化する。このままでは飢え死にするとでも思ったのか、人間軍は機先を制して攻撃を開始した。


 指揮系統が事実上崩壊しているため、防衛は困難を極めたそうだ。大公派とラコニア公派は持ちこたえたが、諸侯の一部が敗走。防衛態勢を整えていたとはいえ、あまりの数の差に幾つかの街や城は陥落したらしい。当然と言えば当然だ。堅牢なダンジョンに引き籠ってこれなのだから、統制も取れていない上に野戦、あるいは地上の城塞での防衛線には相応の準備と指揮が必要になる。


 結局北部辺境のうち四分の一ほどの街が炎上した。わずか数日間で物凄い勢いだが、そもそも睨み合っていた前線が目の前だったらしい。

 そして、既に手遅れだと思うのだがここでようやく魔族軍は妥協を行った。今はとにかく防戦に徹し、数が減ったところで逆撃する。これが唯一の計画となり、指揮系統が復活。今は一進一退の攻防を繰り返しているそうだ。


 説明が終わると、恐る恐る隣を伺った。ソフィーは表情を失っていた。


「……あ、あー、まあ、うん。その分こっちへの攻撃が減ったから、しばらく持ちこたえられそうだよ」


「ごめん、悪いことしか伝えられなくて」


「嘘言われるよりはよっぽど嬉しいよ。ありがとう、セレーネ。今ちょっとソフィーが壊れたから、切るね」


「え? あ、うん。また何かわかったら伝える」


 光が消えていった。ソフィーの目の光は失われたままだった。


「ソフィー?」


 呼びかけたが返事はない。重傷だ。

 とりあえず俺は彼女を抱え、自室に連れていった。ガス抜きをさせるとしよう。


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