四十一話
四月上旬のある日。つまり封鎖から四か月。
今日はセレーネと連絡を取ろうと思っていた。きっかけは何ということもない。ただ、ずっと声も聞かせていなかったから、不安がらせてしまったかもと思っただけだ。ソフィーにも行ってこいと言われている。
四カ月ぶりの執務室は何ら変わりなく、椅子にはステラが座っていた。
「お? どうした」
「セレーネと話せないかと思ってね。こっちから送ってみる」
「そうか。んじゃ、俺は外に出とくぜ」
「うん。じゃあ、また」
彼女は軽く手を振って出て行った。幹部の間では戦況の話はしなくなった。皆薄々わかっているからだろう。
大きな銅板に触れて、魔力を流した。青白く光り初めたが、音は何も伝わってこない。向こうが気付いてくれないと意味がないのだ。数分程待っていると、不意に懐かしい声がした。
「ジャーク。大丈夫?」
「大丈夫。生きてるよ」
「良かった。どうしたの?」
「何でもないよ。ただ、そっちはどうかなって」
この時、俺は彼女の近況を聞いたつもりだった。しかしセレーネは意図を取り違え、地上の状況について語り出した。
「そろそろね、動くと思う。あの、大公。軍人風の」
「アカディア大公?」
「そう。その人が総大将で、四月の下旬に一点突破を図る。森に出来た通路を塞いで、超大規模な兵糧攻めを行う」
「当然、人間は阻止するだろうな」
「うん。空からの偵察だとね、砦をたくさん立てて、何重も層にしてるみたい。六十万の兵がこっちに来てるって」
「……まだ来そうかい?」
「増えると思う。けど、食糧が足りてないみたいって報告を聞いた。ジャークの方は大丈夫?」
「食糧かい? 九月くらいまでは持つよ」
「そっちもだけど、その……今何階で戦ってる?」
「三階。そろそろ限界だから、四階に撤退しようと思う」
息を呑む音が聞こえた。俺は努めて温厚な声を出した。
「大丈夫だって。敗走じゃなくて、計画的な撤退だから。セレーネの運んでくれた人たちが今頑張ってるよ」
彼女は何も言わなかった。俺ははぐらかしたのだ。そして彼女は気づいた上で黙っている。
恐らくだが、食糧を食いつくす前に我々が全滅するだろう。食糧が持っても、兵が限界に近い。俺がセレーネに声を聞かせに来た裏の理由は、いつ最後になるともしれないからだ。
俺は本題に入ることにした。
「それで、明るい知らせは良いんだよ。いや、ありがたいんだけどね。セレーネは今どうしてるの?」
「運んでる。城で」
「食糧とか?」
「うん。人が多いから」
「そっか」
良かった、という言葉は飲み込んだ。きっと彼女は自分一人で後方にいることに罪悪感を覚えている。それを無理に踏みにじることは避けるべきだ。かといって、出せる情報は悲惨な戦況ばかり。何も言えることはなかった。
「まあ、元気そうでよかったよ。そろそろ切るね」
「あ、うん……あの」
「なんだい?」
「私の方からも、伝えておくから。アカディア大公に」
「ありがとう。それじゃ、またね」
「……うん」
彼女の憂鬱そうな声を切り捨てた。銅板が光を失っていくのを、何となくずっと見守っていた。
光が消えうせた後、俺は考えを巡らせた。
「さて、ソフィーになんて言うかな」
また荒れ狂いそうだ。いや、荒れる元気もないか。
小型連絡機に魔力を流し、声を出した。
「今大丈夫かな、ソフィー」
乱れた呼吸が聞こえてきた。しばし待つと、乾いた声が聞こえた。
「はい。なんすか」
「地上の話。四月下旬を目途に一直線に攻撃し、森の回廊と占領された地域を分断するらしい」
「はぁ、はは、そっすか。それだけっすか? もっと面白い話ありません?」
「……ソフィー、大丈夫か」
「へへ、きついっす。けど先輩が出たら死んじゃいますよ」
「何と戦ってる?」
「魔道具部隊っす。もう終わりましたけどね」
「わかった。死なないでよ」
「了解っす」
俺はセレーネに、もう一つ嘘をついたかもしれない。五月を生きて迎えられるか怪しい。憂鬱な表情を作り替えながら、執務室を出ていった。




