第四話
ぐずぐずに煮込んだスープよりも我々の会議は煮詰まっていた。具材という名の本来の趣旨は溶け込んで何処に行ったか分からない。我々にわかるのは積んでいる現実だけである。
物資を切り詰めるとか、そういう次元の話は全てやっている。やっていて足りないのだ。薪を調達しようにも、呪いの森の木を伐採するわけにはいかない。数百匹の魔物に追い回されて死んでしまう。俺ならどうかという目で見られたが、流石にその数は手に負えなかった。ここまでが村側の提案だ。
俺の提案として、いっそ村を捨てて街へ移住してはどうかと言った。俺とシアンが死ぬことはないのだ。村長は頻りに頭を下げていたが、これも廃案になった。この先行き不透明な情勢で、余所者の流民など門前払いが関の山である。俺の実家に行くには中央を通らねばならず、危険極まりないし受け入れてもらえるとも限らない。移動中に事情が変わるかも、というか下手したら滅んでいるかもしれない。これもボツだ。
結局のところ、物資の使用量を根本的に減らすか、物資を増やさないといけないのだ。
しかし、我々魔族にとって口減らしなど禁忌そのものだ。どうにもならないことをどうにかしようという無駄なあがきは夜まで続き、隙間風が窓から吹き込んできたことで終わりを告げた。どうにか暗い雰囲気を変えようと、敢えて明るい調子で言った。
「村長、ここ最近は風が寒いのかい」
「はい。領主様のところは?」
「地下だからね。何ということもない……待てよ」
俺は馬鹿か。そうだ、なぜ今まで思いつかなかったのだろう。ダンジョンは根本的に地下にあり、入口は一か所だけだ。風も吹かないし、雪がいくら積もったって関係ない。保温性最高の住居で、もちろん拡張も可能。薪の問題は解決するかもしれないし、仮にダメでも今よりはマシなはずだ。ついでに言えば、納税魔力が増えれば俺も得だ。
「……村長。俺のところに来るっていうのはどうだい?」
俺が思いついたことを伝えると、村長は謙遜したり、感謝したりしながらあれこれ考えた。しかし最終的にこれしかないという結論で俺たちは合意し、彼は縋るような表情を浮かべた。
「何卒、何卒よろしくお願いします、領主様」
俺は頷いて、さっそく準備のためにダンジョンへの帰路に就いた。
既に日は落ちているが、ダンジョンマスターは魔力のつながりを辿ることで、自分のダンジョンの位置を把握できる。懐中時計を見ると、今は二十一時だった。階段を一歩一歩降りながら、自分が死刑囚なのではないかと錯覚した。
足音を立てないようにして、そっと執務室の扉を開ける。反射で目を閉じたが、怒声は飛んでこない。恐る恐る中を覗いてみると、驚いた。そこに怒り狂うシアンはおらず、彼女は可愛らしく寝息を立てていた。俺のベッドで。
部屋には魔力式のランプが五つある。四隅と中央だ。今は中央のランプだけが灯されているので、シアンに寝るつもりはなかったようだ。俺の帰りを待っていて、ベッドに座っていたら眠ってしまったのだろう。こう聞くと可愛らしいが実際は獅子である。寝かせておくことにした。忍び足で管理椅子に座り、俺はダンジョン内に意識を巡らせ始めた。
俺が立てた計画は簡単。村人を全員このダンジョンに移住させることだ。異質に聞こえるが、本質的には領主の居城に城下の町人が避難するのと変わりはない。
村人は百人。世帯数は知らないが、独身などほとんどいなかったはずだ。五十部屋あれば余裕をもって全員収容できるだろう。家財道具は全部持ってきてもらうので、一旦忘れておくとしよう。とりあえず俺の仕事はガワを揃えることだ。
あと倉庫としての大部屋をいくつか作れば、それで良いだろう。トイレの問題はダンジョンがダンジョンである故にすべて解決する。生き物以外はだいたい取り込んで分解できる。水回りは……水源は魔力を消費すれば出せるはずだ。
構造はどうするか。我々の外敵は魔物、盗賊、寒波だ。つまるところ、居住区が最深部になることは必然。今の魔力量では下に伸ばすのは難しいので、この地下二階を拡張することになるだろう。
目的と方法は決まった。後は実行するのみである。ただシアンに黙ってやったら怒鳴られるのが確定しているので、今日はここまでだ。椅子に座ったまま眠ることにして、部屋の明かりを消した。