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三十六話


 地下に戻ると、急いで壁に触れた。同時に残存D魔力を全投入。魔物は――そうだな、大狼にしよう。奴らはなんだかんだ言って集団行動する知恵がある。あんまり馬鹿だと各個撃破されてしまう。

 黒い靄のような物が形成され、大狼が次々に現れた。およそ二十匹。牙をむいて襲い掛かって来る様子は見せず、むしろ状況を把握しているかのように、入口を睨みつけていた。

 ソフィーがきゃーと可愛らしく声をあげた。ちょっとわざとらしかった。


「可愛いっすね! でかい犬じゃないっすか! 背中に乗せてもらいたいんで一匹貰っていいすか?」


「これが終わったら考えておくよ」


「わーい。戦後のお楽しみっすね。で、これ罠は?」


「既に仕込んである。矢を射かけるトラップ、落とし穴、落石、炎……そんなもんか。魔物はダンジョンの一部みたいなものだから、こいつらが罠に引っ掛かることはない。事故は別だが」


「完璧っすね。そんじゃ、頼んだっすよ。あたしらが楽をするために」


 ソフィーが狼の頭を撫でると、彼らは少しばかり目を細めた。魔物と言えど感情はある。今回は彼らの全滅が前提になるが、彼らがそれを知る日も、理解する日も来ないのだろう。

 俺たちが魔界にそのように扱われても、おかしくはない。そんな考えをしたが、何も言わずに階段を下りた。


 地下二階では既に戦闘準備が整っていた。シアンの采配だろう。弓矢は持ち込んでも矢の再生産が難しいので、あまり数がない。余裕のある者は矢玉の代わりに魔法を降らせるのだ。


「じゃ、あたしはここで。負傷兵はお願いしますね」


「ああ。ここは任せた」


 ソフィーは二階で前線指揮を行う。任務はわかりやすく戦闘だけだ。

 対する俺は三階で後方指揮だ。負傷兵の回収、治療が仕事になるが、戦闘はあくまでも自衛だけだ。

 軍団兵を百名ずつ分割し、八時間ごとに前衛、後衛、休憩のローテーションだ。全力戦闘、緩め、休息を繰り返すことになる。

 ソフィーたちに負荷がかかるのは承知の上で、この作戦を取ることにした。

 あまり良い策でないのはわかっているし、できれば領民兵も出して数をもう少し増やしたい。しかし練度に不安の残る兵を出す方が問題になるとの判断だった。今はもっと下の階層で、シアンが猛訓練をしているところだろう。

 できれば二週間は、兵士だけで回したいところだ。


 一旦戦力を確認しておこう。敵兵力は確認するだけ馬鹿らしいので、考えないことにする。

 まず、ソフィーの率いていた軍団兵三百人。いうまでもなく最精鋭だ。

 次に領民兵四百人。男女を問わず、動ける者は全て動員する。ただし学者と職人は死なれると困るので、もっと状況が逼迫したら考える。

 そして、医学者と医者、治癒魔法の使える領民や職人、学者、薬師など。合計二十人で医療班を編成した。

 その他の学者、職人、領民で戦えない者は実験農場や武具の手入れなどに回ってもらう予定だ。

 こうしてみると、完全に総動員体制だ。D魔力の収入減少も著しく、今や辛うじて赤字でないくらいだ。人口の半分以上から魔力が徴収できなくなったのが痛い。しかし、まさか医療班と兵士から徴収するわけにもいかなかった。

 この戦いが終わったら、いっそダメ元で魔王政府に復興費を貰えないか聞いてみよう。


 不意に、情報が流れ込んで来るような感覚を覚えた。ダンジョンからの警告だ。


「始まったな」


 侵入者の人間は、どうやら斥候らしい。恐る恐る中に入り、そのまま狼に食い殺された。無惨な死体を見ても特に思うことがないのは、人間だからか、それとも俺に情がないのか。両方だな。ただ、嬉しくはなかった。

 人間はほとんど魔力を持たないため、殺しても利益にならない。考えられる使い道は――。


「……最悪は人間の肉でも食うか?」


 一応種族が違うとはいえ、形が似ている分どうしても生理的嫌悪感が拭えない。しかし魔族の肉を喰うくらいなら人間を食べる方がまだマシか。

 ろくでもない覚悟を決めていると、二人目がやってきた。食われた。こいつら、剣すら持っていない。木の棒きれに布製の服だ。血まみれでわかりにくいが、凍傷になっているようにも見える。

 三人目も来た。今度は一応武装していた。革鎧ごと噛み砕かれた。


「……狼強いな」


 それとも人間が弱いのか。この言葉は内心にとどめておくとしよう。指揮官が慢心していると思われてはいけない。

 とはいえ、すぐに俺が出張る必要もなさそうだ。せっかくなので、空き時間に医療班を一人一人激励していった。彼らの働き次第で戦死者の数は大きく変わってくる。皆喜んでくれた。ついでに研究の予算援助を頼まれたのは、まあ、仕方ない。考えておこう。


 それにしても、ソフィーと連絡が取れないのが面倒だ……待てよ。

 傍らに待機していた兵に声を掛け、シアンを呼んできて貰うように頼んだ。


 十分後、息を切らしてシアンがやってきた。


「用って何? 問題でも起きた?」


「問題ではないんだけどさ。セレーネの持ってきた装置があったでしょ」


「あるわね」


「あれ、分析できない?」


「え、無理じゃない? 一応学者たちに見せたけど、全員お手上げだったわよ」


「俺とソフィーの連絡が取り辛い。この短距離でだけ作用すれば良いんだ」


「……それならできる、かなぁ? わからないけど、相談してみるわね」


「お願いね。何か進展があったら教えて」


 シアンは普段執務室に詰めている。彼女が寝ている時はロマンが代理。ロマンも忙しいときはステラが代理だ。いつセレーネから連絡が届くかわからないのと、幹部が必ずいる場所を作るためだ。恐らく今はロマンが執務室にいて、ステラは今後方で必死に武器を整えている。

 そこで俺は妙案を思いついた。人間の有効利用だ。


 ダンジョンに触れて、大狼たちに指示を出した。彼らは死んだ兵士の武器防具を咥えて、二階の階段まで運んで吐き捨てた。よし、うまくいった。

 最初の二人はともかく、最後の一人のは剣と革鎧だ。剣である以上どんなに粗悪でも鉄があり、ステラが何とかしてくれる。革も職人たちに縫い直してもらって、何とか使い道を探してもらおう。


「案外、これで鉄不足が解決するかも」


 自分で言っておいてなんだが、笑えない冗談だ。剣が何万本もあるということは、このダンジョンに何万人も攻め込んできて、殺しつくしたということだ。犠牲はやむを得ないとはいえ、無駄に殺す趣味はない。

 ステラには悪いが、資源不足が続くことを今だけは祈った。


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