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三十五話


 俺たちが奴らを認知してから一週間後、あるいは年明けから三日後。奴らがついに森を抜けてきた。

 年明けを祝う時間があったのは喜ぶべきか、それとも最後の晩餐と解するべきか。

 俺とソフィーは、ダンジョンの上空に浮かび上がって偵察している。遠くに見えるのは、黒焦げの道ができた呪いの森。そして犇めく大軍勢。


 隣にいるソフィーの顔は強張っていたが、それを必死に取り繕おうと笑顔を張り付けていた。

 今まで聞かないようにしておいたが、俺はとうとう我慢できなくなった。


「なあ、ソフィー。今は誰も聞いてないと思うから、教えてくれ」


「……なんすか」


「援軍は、俺も来ると思うんだ。見捨てたら大変なことになるから」


「そうっすね」


「いつ、来ると思う? わかりやすく言おう。多分順調にいってれば、今週末くらいにセレーネは新魔王城に入る。中央の政争に忙しい四大公が俺たちよりも先に情報を掴んでるとは思えないし、まず情報を真実だと思うかどうかすら怪しい」


「はい」


「裏を取って、事実だとわかって、対応と大将を決めて。まあ、一週間はかかるだろうね」


「はい」


「魔界全土から軍を集めて、実際に集まって、戦いが始まる」


「……そっすね」


「軍事の専門家としてのソフィーに聞くよ。どれくらいかかると思う? 最低でも」


 最大は聞かなかった。援軍が負ければそれが最大日数になるからだ。最低日数は、うまく集まって、恐らく数に劣るだろう魔族軍が人間軍を追い返せるほどの勝利を得るまでの日数である。この時点でかなり無茶を言っているし、そのことをソフィーは誰よりも認識していたはずだ。それでも、彼女はいつも明るく振る舞っていた。


 彼女は諦めたように息を漏らした。


「はーぁ。言わないようにしてたんだけどなぁ」


「だろうね。でも、領主の俺は知っておかないといけない。一応、領民軍のトップだ」


「そっかぁー。そうっすね。はーあ……ま、どれほど早くても四月でしょうね」


「……とすると、食糧はかなりギリギリか」


「人間の動きからして、あいつら頭を抑えられたくないと思うんですよ。冬季進軍って、かなり無茶ですもん」


「頭?」


「要するに、森の外で待ち構えられたくないってことっす。だからこんな無茶してると思うんすよ」


「なるほどね」


「人間はあたしらと違って不便な生き物っす。冬場は生きるだけで限界でしょうから、まず攻めては来ません……うち以外は。それで、四月ごろに魔族も態勢が整って、人間も動けるようになって、そこでようやく戦闘開始」


「……じゃあ、万一遅くなったりしたら」


「夏にでも秋にでも、あるいはまた年越しまでかもしれませんね。その時まで私たちが生きてられるとは思いませんけど。あいつら寒さを逃れるために、うちを全力で攻略するっすよ。少なくともあたしが指揮官ならそうします」


 はぁあ、と彼女は溜息をついた。


「ほんと、指揮官って嫌ですよね。無理な戦いでも勝ち目があるように振る舞わないといけない」


 彼女は疲労を隠さなくなった。焦ってはいない。ただただ、希望が瞳になかった。

 彼女はいくつもの修羅場を超えてきたようだが、それは彼女の苦しみを軽んじて良い理由にはならない。それに、彼女は大きな勘違いをしている。

 その重圧を背負うのは俺だ。今まで背負わせ続けて、これからも彼女に背負わせねばならないとしても。俺も一緒になって背負うことはできるはずだし、俺が一番に感じなくてはならないことだ。


「ソフィー」


「なんすか?」


「指揮官は俺だよ。君じゃない。だから俺には思いっきり文句言っていいし、思いっきり弱音を吐いていい」


「……や、私は副指令補佐でですね、軍団でも」


「ここは軍団じゃない。ソフィーはサレオス伯爵家の私兵の長だ。そして、俺はサレオス伯爵だ。俺が何かおかしいことを言っているかな」


「……きっつい現実、誤魔化さないではっきり言って良いんすか? 暗いままで?」


「言っていいよ。俺にはね。みんなに言われると、ちょっと困るけど」


「耐えられますか?」


 挑発的で悲観的な、少し嘲ったような視線がこちらを見ていた。


「人界の他の地域も攻撃を受けます。そうすれば、貧しい北方は見捨てられてもおかしくないっす。今旗を見てわかりましたが、あれは大聖戦の時の旗です。つまり、敵の総数は百万! なんて言いましたけどね。それ以上になるかもっすよ。食糧が半年って聞いた時、あたしが何を思ったと思いますか?」


「ソフィー」


 聞いていられなかった。彼女は涙ぐんではいない。罵倒するように俺に現実を叩きつけていた。彼女の言葉はどれも厳しく、辛辣で、悲観的だった。

 しかしそれ以上に、俺はソフィーをこれ以上見ていられなかった。こんな彼女を見る方が、他の現実よりよっぽど辛かった。


「なんすか、聞きたくないんすか」


「大丈夫。現実を認識することなんて、大したことないってことがわかったよ」


「なっ……それは、ちゃんと受け止め切れてないからっすよ!」


「いいや、受け止めてるよ。受け止めて、聞いて、それで別の人に考えてもらう。何も考えてないってのなら当てはまるかもしれないけど、受け止めてないは心外だな。俺はちゃんと聞いたうえで、ソフィーがそんな顔してる方が辛いよ」


 実際、勝ち目が薄いとしてもやらなくてはならないのだ。

 救いの手を伸ばせるところまで伸ばして、助けられる人は助けたい。俺の理想は単純なものだ。そして、だからこそ目の前のソフィーが範囲外になるはずがない。彼女もまた、俺の仲間なのだから。


「現実が何さ。対応策を考えろってのなら無理だけど、聞いて、そっかって言うだけならできるよ。俺でも」


 彼女は空虚な笑いを零した。やがて零れた物が決壊し、大きく笑い始めた。


「あたし、そんな気遣われるほど弱ってるように見えましたか」


「いや、別に。上手く隠せてると思うよ。ただ、状況的に弱っていてもおかしくないからね」


「余計な心配っすよ、この」


「ソフィーは大事だからね。心配くらいする」


「女を口説くのが上手ですねぇ先輩は。そうやってシアンさんもセレさんも落としてきたんですか?」


 けろっとした調子で笑う彼女に、俺は何も言わなかった。

 下手に否定したって聞かないだろうし、二人に魅力がないと力説するのも失礼な話だからだ。

 黙って真面目に軍勢を眺めていた。そうすると、彼女はいきなり俺の背後に回り込んで、勝手に俺の肩の上に乗った。肩車だ。空の上でやることではない。


「危ないよ」


「飛行魔法使ってますから大丈夫っすよ。それにほら。敵前でいちゃつくって神話とか英雄譚みたいでしょう。あやかっておけば勝てるかもしれませんよ」


「そんな英雄は嫌だな。女の敵として語り継がれてそう」


「あたしがそんな風にしてあげますよ。ふふっ、へへ」


 何がそんなに嬉しいんだか。

 完全に森が焼かれるまで、もう幾ばくも猶予がない。降りなくては。


「降りたら元に戻しておいてよ、その表情。兵士の前では“指揮官”をしといてくれ」


「わかりましたよ、“司令官”」


「……その言い方はまずいって。軍団指令じゃないんだから」


「だから軍団は外してますよ。なーに、私と先輩の間だけです。バレやしませんよ」


 俺たちのしている会話の内容を聞いたら、敵兵は何を思うだろう。嫉妬で殺しに来るかもしれない。困ったな。

 そんな馬鹿話をしながら、俺たちは持ち場に戻った。


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