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番外編:帝国


 時は幾らか遡る。魔王死去から三か月後の、一月のことである。

 人界北方を手中に収め、中央部にも食い込む巨大国家、ヴォルムス帝国。その一角を担う、自由都市ラーゲンブルクにおいて臨時の帝国議会が開かれていた。

 

 儂は面倒だったが、皇帝として一応出席しなければならなかった。それが堪らなく憂鬱だった。どうせ要件もわかっているし、根回しも住んでいる。こんな茶番に時間を使うくらいならば、さっさと教会勢力の切り崩しでも行った方が良い。儂らは魔族共とは違うのだから、時間を有限に使わねばならない。


 巨大な議場の中には、投票権を有する三百名ほどの貴族が集まっていた。辛うじて屋内に収容できるくらいで、傍聴の陪臣や伯爵未満の零細貴族は外で待っていることだろう。

 儂が手を上げると、喧騒はやがて静まっていく。黙らねば死ね、と言えぬ自分が腹立たしかった。


「それでは、第三百七回、帝国議会を開催する。この議会において決まりし事は皇帝においても従わねばならず、もって臣民が背くことは許されない」


 歓声が上がった。皇帝万歳、ハインリヒ五世万歳など笑わせる。

 皇帝と言えど票数は十票程度に過ぎず、事実上は臣下の決定に皇帝が従う規定になっている。これのどこが帝国なのか。何が皇帝なのか。諸侯の筆頭調整役に過ぎん。儂の代でようやく、開会宣言を皇帝がやると決まったくらいだ。

 内心悪態を付きながら、儂は席の一角を睨みつけた。


「ただし今回は臨時のものであるから――開会請求者の、リエンツ大司教」


 リエンツ大司教。帝国内の三大司教の一角。今代のリエンツ大司教は“本物”だ。

 信仰心に篤く、突如襲ってきた魔族を悪魔と罵って憚らない。しかも金にも女にも酒にも靡かない。

 彼は一心不乱に宗教的情熱をまき散らし、美辞麗句を並べ立てた。結論は同じなのだから、さっさと言ってしまえ。


「大聖戦を行う時が来たのです!」


 三か月前にやっただろう。五十万は軍を送ったというのに、我らに軍役を課そうとは教会も呆れる。

 結局のところ、無傷の帝国も、魔族の存在も教会共にとっては不満なのだろう。人界から魔族を駆逐するのはもちろんのこと、魔界に乗り込んで根絶やしにするつもりだ。その過程で帝国を弱体化させ、宗教的権威を拡大する。魔王に滅ぼされてしまえば良かったのだ。それを、息子への戴冠を盾にとって脅してきよって。


 どちらにせよ、魔界侵攻も人界奪還も興味はない。儂の領地は北西部にある。重要なのは、我らがホーエン家で帝位を世襲することだ。十以上の公爵に異議を出された場合、原則世襲の帝位は選挙制へと切り替わる。そして選挙となればホーエン家の再任は絶望的だ。教会共の妨害を排除しなくてはならん。そのためにこそ、司教共の策は逆手に取らせてもらう。


「よって! あの忌わしき者共をこの人界より蹴散らし!」


 まだ演説が続いている。


「我らが総大司教の導きにより! 神の意志を地上に齎すのです!」


 おお、終わったか。


「では、賛成の者は挙手を」


 本来は紙に書いて投票をするが、こんな茶番には不要だろう。案の定、全員が手を上げた。儂も上げることを忘れない。無意味に破門される趣味はないのだ。

 さて、ここからは儂の手番だ。


「では大聖戦が行われるとして、どこを目標とするか?」


 二人手を上げた。よしよし、仕込み通り。儂はリエンツ大司教を無視し、もう一方のファルテンベルク公爵を指名した。


 彼も壮大な修辞を行いながら語ったが、中身を要約すると“魔界への進軍”だ。

 これは儂の指示でもある。人界への聖戦を行ったところで、本来の持ち主が帰還するだけだ。それでは帝国にとって――何よりも儂にとって旨みがない。それでは然程損害が出ない。

 それよりは、魔界本国に狂信的な諸侯と、野心的な諸侯を送り込み、殺してもらった方が良い。要するに魔界はゴミ捨て場だ。合わせて南から逃れてきた流民、亡命貴族なんかも捨ててしまおう。


 ファルテンベルク公は野心家だった。魔界の領地、魔族の奴隷を手に入れられると言えば簡単に釣られてくれた。諸侯の――そうさな、三割は意欲的だ。欲を言えばもっと釣られて欲しかったが、あまり欲をかいてもいかん。


 公の演説が終わると、次いでリエンツ大司教が声を上げた。が、しかし、先程とは打って変わって声が弱い。明らかに諸侯の心が魔界侵攻に傾いているのを感じているのだろう。

 それでも、リエンツ大司教は“人界の奪還”を掲げた。彼の演説は結局、誰の心も揺さぶられなかった。

 どちらでも名目が立つのなら、利益のある方を取るに決まっている。


 投票が行われ、魔界への侵攻が決定された。合わせて、帝国議会承認の元で全土へ召集命令が下された。まあやる気のない者は兵と代理を送って終わりだろう。儂は皇帝として一応赴くが、森に入るつもりもない。

 時期は来年の春と定まった。大聖戦はその他の人界国家にも参戦を呼び掛けるようで、そちらは人界奪還作戦に動くのだろう。


 大聖戦についての委細が定まると、早々に帝国議会は閉会した。

 儂は冬までに森を切り開かねばならない。その工事費を思うと頭が痛くなってきたが、臨時に徴税をするとしよう。これなら誰も文句は言えまい。幾ばくか懐に入れる機会もあると思えば、そう悪くもないか。

 儂は内心ほくそえみながら、ゆっくりと議場を出て行った。寒々しい拍手の喝采が耳障りだった。


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