三十二話
さて、この場に残るのは役立たず二人だ。ただし俺が本物の役立たずなのに対して、セレーネには物資を輸送してもらうという大切な仕事がある。そういうわけなので、居眠りを咎めないことにした。かといって机の上で眠るのは良くないので、彼女を俺の部屋のベッドに運んだ。
一人だけ暇になったので、ダンジョン内をゆっくり見回ることにした。
地下三階は高度な教養を持った人材や職人、従士、幹部などの替えの利かない人間が集まっている。しかし、この区分けも変えたほうが良いだろう。職人の製造にはどうしたって音が出る物も多く、それでは研究の邪魔になるだろうから。
そんなことを取り留めもなく考えていると、興奮した老学者が通路を走り回っていた。まあ、放っておこう。迷惑にはならないし。そう思い脇を通ったところ、声を掛けられた。
「領主様!」
「なんだい?」
「遂に完成しましたぞ! 我が光学屈指の超大作が!」
「光学?」
「レンズを用いての像の拡大! これを小型にした物! 我々はこれを眼鏡と名付けました!」
「はぁ。なるほど」
「これで儂らも再び労せずに書が読める! やった! やりました!」
「おぉ……良かったね」
「硝子の研究をしている者がおりましたので、助かりました。これも領主様のおかげですぞ!」
「はぁ、何かしたかな」
「我らは本来、各地に散って貴族の子弟などに学問を教えていたのです。それを領主様のおかげで好きなように研究ができ、他の分野との交流ができる! こんなに素晴らしいことはありませんぞ!」
彼はそれを言うや否や、再び興奮して走り出した。読める! 読める! と何度も言っていたので、余程嬉しかったのだろう。
正直ちょっと気持ち悪いと思うが、彼の気持ちはわからないでもない。
それに彼の言っていることは盲点だった。各分野の学者たちが集まって、相乗効果で新しい発見が生まれる。これはひょっとすると凄いことではないだろうか。単に一か所に集めているだけではなく、それを後押しできるような施設を作った方が良いかもしれない。
俺だけサボっているのも気が引けるので、学者たちの意見を取りまとめるのは俺がやることにした。
俺は学者集団から驚くべき提案を受けていた。この計画は野心的だが、彼らの意見をすべて鵜呑みにすると「十分な予算があれば理論上可能」という何とも微妙な結論が出た。しかし、これが実現した暁にはこのダンジョンは無敵だ。多分。
翌日の朝。執務室に六人集まったところで、本題に入る前に学者からの提案について説明した。
各々考え込むようなそぶりを見せたが、ソフィーだけは即座に賛成した。
「あたしは絶対賛成です。すぐやりましょう。なんなら軍の予算削ってもらってもいいです」
「そんなに?」
「人工の光による植物の生育計画……このダンジョン唯一の弱点、食糧の問題が解決できます。そうすれば勝ったも同然っすよ」
まあ、一理ある。慢性的な食糧不足改善にも繋がる策だ。ロマンとステラは考えを打ち切って、無言になった。黙示の賛成と見做して良いだろう。あとはシアンだが、彼女は考え込んでいた。
「シアン? 急かすつもりはないけど、今の考えを教えてほしい」
「ソフィーさんの考えはわかるわ。ジャック、いくつか確認させて」
「なんだい」
「その植物生育光発生装置は、魔道具の一種よね。それで室内栽培を行う。間違ってるかしら」
「あってるよ、大丈夫」
「それだけだと、土の問題が解決されてない。遠からず連作障害が起こるわよ。これも研究で何とかなるとしても、魔道具にかかる費用を考えると間違いなく輸入品の方が安くなるわ」
「……なるほど、あたしとは違うなぁ、やっぱり。あ、あたしはソフィーでいっすよ。シアンさん」
ソフィーの声に嫌味はなかった。
それがわかったのだろう。シアンが少し照れているのが見えた。
「私もシアンでいいわよ。まあとにかくね、自給自足のために研究しよう、そのために予算をつけようってのは賛成。だけどそれで食糧を賄おうっていうのは、ちょっと非現実的よ。それについては反対するわ」
「そっかぁ……でも、仕方ないっすね。お金ないんですもんね」
「ないわよ。狩った大狼の毛皮を早速なめしてもらってる。それくらいないわ」
どうやら二人の間で結論が出たらしい。聞く限り、シアンの言う案の方が妥当だろう。ソフィーも納得しているから、この件についてはこれで良いだろう。
「じゃあ、研究実験用に予算は出す。ダンジョン内に小規模な実験農場を作る。で、いいかな?」
全員が頷いた。さて、本題に入るとしよう。
「それじゃあ、まとめてきた要望を見て、今後のダンジョンの計画を決めようか」
俺たちはそれから、休憩を挟みつつ話し合いを続けた。全員、とりあえず予算を多めに要求しておけ的な思考が透けて見えたのは内緒だ。とりあえずの決定ができたのは、もう夜も遅くだった。
地下一階から五階までを防衛区画とした。何でも聖都ワールディアの五重城壁にあやかって五にしたかったらしい。負けた側があやかるのはどうかと思ったが、防衛陣地が厚いのは良いことなので何も言わないことにした。
次いで六階から十階までを領民居住地区。ここは要するに農民なんかが住む場所になる。実験農場もここに置かれる。
十一から十三までが職人居住区。彼らにはかなり大規模な設備と空間が与えられることになる。あと、兵舎とロマンの管理局もこの区画に置かれる。
十四階が研究者地区。そして最深部の十五階が、領主と幹部用の執務室と居住施設だ。そして十六から二十までに、倉庫が建設される。大部分は食糧が貯蔵されることになるだろう。
俺は思わず出来上がった計画書を見て、溜息を洩らした。
「立派な計画だな」
「で、どう? 五十万で足りる? D魔力」
「足りる訳ない」
「まあ、うん。そんな気はしてたわ」
「ねえソフィー、兵士って穴掘りに動員しても大丈夫?」
「いっすよ。築城とかも普通にしてましたんで」
「じゃあ、頼んだ」
俺たちは工事に取り掛かることにした。今回はどれくらいかかるだろうか。
思わぬ援軍が入り、工事は急ピッチで進んだ。彼女は土魔法を中級まで扱える上に魔力切れ知らずだった。本人曰く、昔取った杵柄らしい。追及するなと目が言っていたので、とりあえず無邪気に喜んでおいた。馬鹿にされた。
結局、一ヵ月で拡張工事は完了した。さすがに人が増えると工事も早い。D魔力も使い切ってしまったが、背に腹は代えられなかった。
地下深く、十五階の執務室は静謐な雰囲気に満ちていた。この階層にはロマンを除く幹部しかいない。
俺は感慨深く季節を思った。今は十二月初旬。今年の冬は何ら問題なく年を越せそうだ。村の方でも収穫は上手くいったから当座は問題がない。その上、セレーネの天空城が今中央の方へ向かっているはずだ。そうすれば食糧備蓄は万全の状態になるだろう。
現在の人口は概ね千四百人だが、D魔力の月収は五十万に過ぎない。一年前の今を鑑みればわかるが、人口が増えた分、廃棄物や排泄物の処理、空気の浄化など、生活基盤としての機能維持に結構なリソースを割いているためだった。こればかりはどうしようもない。
そんな折、ステラが不満げな表情で飛び込んできた。
「なあ、鉄がねえぞ。鉄鉱石もねえし輸入先もないんだろ。どうすんだよ俺ら」
「D魔力を使うよ」
「あん? それってダンジョンのことだよな。何だ、できるのか?」
良い機会だ。彼女にダンジョンについて説明することにした。
ダンジョンは一種の生物と言っても過言ではない。原理的には魔物の仲間である。ダンジョンには野良と管理された物の二種類がいて、生まれ方も人工と天然に分かれている。
魔力の溜まったところに、ダンジョンは自然発生する。これを意図的に己の魔力で行った場合、人工のものになる。このダンジョンは魔王が作った物だから、人工になる。
人工のダンジョン、あるいは野良のダンジョンが制圧されると、制圧者がダンジョンの管理権を入手できる。要するにダンジョンという生き物を従えるわけだ。
そのため、野良のダンジョンは魔力を取り込むために人を呼び込みつつ、その一方で、コアと繋がっている部分を守るという、一種の矛盾した行動を採る。生物が死ぬと体内にあった魔力はすべて放出されるので、ダンジョンの側としては誘い込んでから殺すことにメリットがあるわけだ。
しかし、それだけだと人が入ってこない。当然だ。そこで、野良のダンジョンは餌を撒く。
実際に見せた方が良いだろう。俺は管理椅子に座り、一万ほどのD魔力を使った。すると、ほどなくして管理椅子の横から鉄のインゴットが生えてきた。
「お、おおぉ、なんだこりゃ」
「ダンジョンは本質的に土の魔法と親和性が高い。よって、土の最上級魔法まで使える」
「ってことは、変成か! 宝石も作れるのか!?」
「人がやるよりも効率は悪いけどな」
ステラは目を輝かせた。ああそうか。儀仗用の武器を作るには宝石や貴金属が必須だからか。
「今は無理だよ。D魔力は工事で全部使い切った」
「わかってるぜそれくらい。でも、そのうちで良いからな」
「もちろん。その鉄は持って行って、武器か何かを作っておいて」
「兵士用のか?」
「そう。武具の予備がないからね、今。春になったら行動開始だ」
「おう! じゃあな!」
ステラは走り去った。
彼女にはいずれ、D魔力で産んだ金属で製品を作ってもらおう。それを売ればかなりの利益が出るはずだ。半ば商人と化しているロマンたちに、貴族向けに宝飾武器を売らせるのも良いかもしれない。相乗効果を生むだろう。
俺は執務室の椅子に腰かけて、夢を膨らませていた。




