三十一話
それから数日間の空の旅を経て、俺はついにダンジョンに戻ってきた。
シアンは歓迎してくれたが、増える人数のことを告げた瞬間に表情が固まった。そして我に返ると共に、休む暇もなく俺を執務室へ連行した。
帰ってきて十五分後、今後のサレオス伯領運営の中核を誰にするのか、大雑把な体制が固まっていた。
内政関係の取りまとめをシアンに任せ、特別に配慮の必要な職人など生産職の代表をステラに任せる。軍務関係は全部ソフィーに投げて、諜報関係にロマン。セレーネは本来関係ないのだが、彼女抜きにしてこの先を考えるのは無駄だ。というわけで、彼女も参加している。そしてまとめるのは俺だ。
合計六人が執務室に集まっていた。無駄に広い執務室にはまだ余裕があったが、机がない。どうしたものか考えていると、呆れながらステラが石で長机を作ってくれた。皆でおぉ、と感心の声を漏らしたのは言うまでもない。
俺が誕生日席に座り、その真正面にセレーネ、右側にシアンとステラ、左側にソフィーとロマンが腰掛けた。
この面子の中には初対面同士もいる。一先ず会議の口火を切ったのは、何かと慣れているシアンだった。
「で、どうなの。当たり前だけど、千人も一気に増えたら部屋足りないわよ」
「D魔力で拡張しようってことになってる。残量は……五十万あるね」
「そう。で? 作れる?」
「できるかできないかなら、多分できると思う」
「じゃあそれで工事しましょう。さすがに伯爵が直接工事してるのは体裁が悪い……ってか、この前の三倍よ三倍。無理だし嫌よ」
「じゃあ、そういうことで。何か他に意見はある?」
誰も声を上げなかった。多分大丈夫だろう。いざ拡張――となったところで、一つ問題を思い出した。
「そうだ。どうせならダンジョンの編成について決めてからにしよう。階層ごと動かすのはできるけど、大きくしてからだと余分に魔力がいる」
「編成ってなんすか?」
「要するに階層分けだよ。地下一階が防衛用、二階が兵舎、三階が住民、四階が――みたいな」
「……一つ宜しいでしょうか、閣下」
「どうしたんだい、ロマン」
「我々に目立たない一室を割り振っていただけると、大変仕事がやりやすいのですが」
「ああ、なるほど。良いね、そういう風に要望を出してもらいたい。って言っても今すぐじゃ無理だろうから、明日までに意見を取りまとめて貰えるかな。それが決まるまではどうしようもないし。セレーネ、今日は天空城を動かさないでいてもらえる?」
「わかった」
じゃあ、それで。一旦解散しようとしたところで、ステラがげんなりした声を上げた。
「……俺、職人のまとめしないといけねぇんだよな」
「そうなるね。あ、でも医者とかはシアンが管轄するよ、生産職じゃないし」
「とんでもなく忙しくなりそうだな」
まあ、一理ある。薬師と医者がシアンの管轄でも、それ以外の大部分はステラの管轄になる。
小麦粉などの製粉業者、麦酒職人、武具鍛冶、道具鍛冶、炭焼き職人、仕立て屋に革鞣し職人など色々だ。領民の手で出来る仕事もあるが、やはり専門の職人がやった方が品質も効率も良いから沢山連れてきた。
つまり、実質的に”生産職”と言ってもバラバラなのだ。ステラは何の内政経験もない村娘であり、初めから一人で取りまとめができるとも思っていない。
「というわけで、シアン。ステラを手伝ってもらえるかな」
「……ステラってこの赤い子でいいのよね?」
俺が頷くと、シアンはステラの顔をまじまじと見つめた。
「何ガンくれてんだよ」
ステラが応じて睨み返す。が、徐々に視線が剣呑な物から観察するような物に変わっていった。何か目でやり取りしているらしい。そして最終的に、お互いの肩に手を乗せ合った。
「あんたも苦労してんだな」
「ステラちゃんも、なんか大変そうね」
「……ちゃんはいらねぇ。行くぞ、シアン」
「あー待ちなさいよ、もう。ジャック! 後で時間頂戴ね!」
「あー、うん。わかった。好きな時に来て」
二人は慌ただしく部屋から出て行った。シアンがついていれば、多分大丈夫だろう。
部屋には安全保障関係の二人と、居眠りしているアホが一人残っていた。
ロマンから”何か言え“という気配が漂ってきたので、俺は咳払いをした。
「二人は――あ、そうだ。気を悪くしないで欲しいんだけど、ソフィー」
「なんすか」
「反乱対策をしないといけない。怖いからね」
「……あー、ダンジョンの構造的に、そうっすね、一番怖いのはそれになっちゃうかあ」
「外部からの攻撃には強いからね」
「ですよねえ、絶対に突破されない防壁に守られた都市とか、反乱さえ起きなければ負ける気しませんもん」
彼女はそれからいくつか質問してきた。食糧備蓄とか、水の供給とか、衛生環境についてだ。食糧が自給できないこと以外は完璧だ、という判定を彼女は下した。
まるで高級士官のようだった。才能があるのは本当らしい。
「ただまあ、構造上有利とはいえ今のままだとまずいよね? 何もないから」
「まずいっすね。宝の持ち腐れって感じです」
「というわけで、防衛陣地を考えてほしいんだ。ソフィーには」
「やりますけど、魔物とかも使えるんですよね?」
「そう。使役できる。餌は考えなくていいよ、魔力を食べるから」
彼女はうんうんと頷いた。
話が一区切りしたのを見計らい、ロマンが声を発した。
「なるほど。ではソフィーティア様のお手伝いをせよ、と」
「そう。ソフィーだけでもある程度はできるだろうけど、反乱対策の専門家がいるなら、助言を受けたほうが良いと思うんだ」
「味方を疑うのが我らの仕事ですからね」
ロマンは丁寧に俺にお辞儀して、次いでソフィーに頭を下げた。
「軍事は門外漢ですが。何卒よろしくお願いします」
「あ、いえ、そんな。あたしなんかに気を遣わずとも、はい。だから捕まえないで、調べないで」
「大丈夫です。ソフィーティア様が反乱を企てない限り、仮に知っても閣下にはお伝えいたしませんので」
「なら安心っすね! なんだ融通利くじゃないですか!」
ソフィー、ロマンは”調べない“とは一言も言ってないぞ。
まあいいか。本人が幸せそうだし、どうせ俺の耳に入る日は来ないだろう。
ホクホク顔で笑顔を振りまいていたソフィーは、ぴしっと割れる氷のように表情を一変させた。
「え、ってか先輩。あたし一日で防衛計画作るんですか?」
「……頑張ってね。ソフィーならできるよ。あ、内政とかの状況については、あれだ、シアンから聞いて」
「わ、わかったっす……この鬼畜」
「ソフィーティア様、行きましょう。時間が惜しい」
かなり無理を言っているのはわかるが、あまりセレーネに負担を負わせたくはなかった。
二人は連れ立って出て行った。
その後ろ姿を見ていると、自分が遥か北の地ではなく、中央にいるかのようだった。




