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三十話


 ロマンと入れ替わりでセレーネが入ってきた。


「あー、セレーネ? その、副指令補佐と会うんだけど」


「結局、今のは誰」


「ああ、内務長官時代の部下。で、今さっき鞍替えしてまた部下になった」


「……味方?」


「正義と平和のために悪を為すことも厭わず、みたいな」


「なんか、かっこいい」


 セレーネは目を輝かせていた。手の平を返すのが早すぎるが、まあ仲間同士で仲が悪いよりは良いか。


「で、何しに来たのさ。まあ元々セレーネの部屋だから、こんなこと言うのも変だけど」


「私も会いたい。なんか、あの人すごいから」


「すごい?」


「城に来てもらった時に絶対に話した。見た。でも、覚えてない。思い出せない。もしかしたらそういう魔法かもしれないから、聞きたい」


「……まさか」


 俺はその人物像に覚えがあった。随分昔の、長官になるもっと前の時代の話だ。しかし彼女は内務で仕事をしていたはず。いや、やめたのか。やめたのかもしれない。彼女は内政業務と書類仕事に向いていなかった。俺が知らないうちにやめていてもおかしくはない。


 俺が混乱しているうちに、扉が開かれた。入って来た人は、妙に照れたような感じで頭を掻きつつ笑っていた。十年以上前に戻ったような気がした。


 彼女は俺が内政官として働き始めたころの知り合いだ。要するに年上の同期になる。彼女しか同期はいなかったので、それなりに親しくさせてもらった。

 ただ、彼女は壊滅的に才能がなかった。頭が悪いわけではない。むしろ頭の回転は速い方だと思うが、考え方が内政向きでないのだ。できる限り教えたが、結局簡単な書類仕事ができるようになったところで縁が切れてしまった。

 つまり、俺が十六から十七の時の一年ばかりの付き合いになる。今の俺は二十九。彼女は……確かあの時二十一だ。今は三十四だろうか。人間ならば結構な年だろうが、魔族はその二倍は生きる。十三年ぶりの再会にも関わらず、いまいち年を取った感覚を持てなかったのはそのせいだろうか。それとも彼女が元気そうだからか。


 彼女は金色の髪をポニーテールにして、少し困ったように笑った。


「えーと、なんて言えばいいっすかね」


「昔みたいでいいよ」


「そっすか? じゃあ……ジャック君で」


「急に普通になったな」


「いやぁ、十六相手なら“ジャッ君”って呼べますけどね。二十九相手じゃ無理かなぁって」


「やめて、ソフィーティアさん」


「あ、あたしは普通にソフィーでいいっすよ。名前も姓も変わってないんで」


「変わってないのか。軍では出会いはなかったか」


「最初から求めてもいませんし。それより、どっすか?」


 口調にです、ますの丁寧さを隠す語尾がついている。だがまったく敬意を感じないその喋り方は、確かにソフィーのものだった。少し安心しながら俺は尋ね返した。どうすかって、何がどうなのか。

 彼女は酒に酔ったような調子で言った。


「あたしぃ、副指令補佐ですよ!」


「ああ、さっき聞いたよ。昇進おめでとう」


「あざっす! まあ率いる軍団はもういないんですけど!」


 重い。が、彼女はあっけらかんとしていた。存外傷ついていないようにも見えるが、少し空元気のようにも見えた。とにかく、一年の時間は彼女を立ち直らせるには十分だったらしい。


「でね? 覚えてくれてるかわからないんですけど、私実家から勘当されてるんですよ」


「らしいね。実家がどこかは知らないけど」


「だから私、実は偽名なんですよ」


「知ってるよそんなの。早く何が言いたいのか言ってよ」


「……身元が怪しくても雇ってくれる人、いないかなーって」


 ちらっ。彼女は目配せした。俺は無視した。

 やがて五秒に一回が三秒に一度になり、最終的に目を限界まであけながらじっと俺を見ていた。

 若干怖かった。どうしても自分からは切り出したくないらしい。何が彼女を素直にさせないのかはわからないが、助けてやるか。


「あー軍人の助けが欲しいなー、専門のー、高度な教育を受けたー、仲間が欲しいなー」


「へー、そうなんすかー、ところで私、軍で十年くらい経験積んでて―、副指令補佐だったんですけどー」


「……ちなみにだけど、それ本当?」


「何疑ってんすかぶっ飛ばしますよ。魔王政府に照会して貰ってもいいくらいピッカピカの高級士官ですよ」


 彼女は胸を張った。


「で、どうすか」


「雇いたいのはやまやまなんだけど、納得がいかないことがある」


「なんすか」


「そんなんでも、一応、ソフィーは高級士官な訳だ。これから先、魔界でそういう人材が貴重になるのは誰でもわかる」


「そうみたいですね。私は人界にいたんでいまいち詳しくないっすけど」


「一応聞いておくけど、うちが――サレオス伯家がどういう状態で、どこにあって、どんな感じかはわかってる?」


「とんでもない田舎の貧乏だってことは」


「わかってるなら話は早い。なんでうちに来るんだ? もっとこう、あるでしょ。よりよい待遇のところが」


「どうでしょうね?」


「何か隠している事情があるとみた。ソフィーはそういうの多いからな」


「……いやぁ! やっぱり先輩は賢いなあ!」


「適当に褒めても無駄だよ。大事なことだからね」


 彼女からは、昔からかい交じりに先輩と呼ばれていた。今にして思えば俺は年下だし、同期だし、どう考えても先輩ではない。しかし主に俺が彼女の面倒を見ていたので、先輩と言うのは間違っていないような気もする。懐かしかった。

 ジト目で彼女を見ていると、彼女は空笑いをした。


「先輩は聞いてこないでしょ。私が聞かれたくないこと」


「……まあ、それが必要にならない限りは」


 彼女は温厚な笑みを見せた。まるで軍人らしくない顔だった。


「それで良いんです。今乗ってる三百人は、だいたい私の――第五軍の部下っす。難民も、その家族とか現地でお付き合いを始めたとか、そういうのが多いんです」


「なるべくまとめて引き取ってくれるところを、ってか」


「そうです。それに、売りつけるならなるべく高く買い取ってくれるところが良い。先輩が教えてくれたことじゃないですか」


「そんなことは言ってない。あと、何度も言うけど高く買い取るったって払える金はないんだからな。食糧自給すら危ういのに」


「手腕の振るい所ですよ先輩。私を振るい落としていった実力、今こそ見せてくださいよ」


「やめろ。その言い方は心に来る」


「そうしてるんですよぅ。罪悪感刺激されちゃいました?」


 この野郎。何が何でも俺に引き取らせる気だ。

 もちろん俺としては大歓迎なんだが、なぜか釈然としない。


「本当に良いんだな? うちは貧乏だぞ、まともな生活できないかもしれないぞ」


「そんなん知ってますよ。先輩がバカやったのは有名なんで」


 彼女はウインクして、白い歯を見せて笑った。


「つまり今のうち仕えておけば、後で先輩が大きくなった時大出世できるってことですもんね」


「それが狙いか」


「や、別に。冗談ですけど。半分くらい」


 相変わらず何を考えているのかわからない。ただ、半分は本気らしい。


「何が目的か、とりあえずそれだけ聞かせてほしいな。頼むよ」


「……安住、ですかね」


「普通に戦争するかもしれないぞ」


「や、そういうんじゃなくて。あーもう、いいじゃないっすか。今は嘘でも誤魔化しでもないですからね、人界ほんと大変なんですから」


 そう言われると弱い。人界に置いていかれた彼らの気持ちを思えと言われたら、魔界であるだけでどこでも良いくらいかもしれない。

 俺は頷いた。そこまで言うなら、もう止めはするまい。泥船の船長が懇切丁寧に説明して、乗るなと言っているのに乗る馬鹿のことなど、知ったことではない。

 ソフィーはにこにこと笑い、元気よく声を張った。


「というわけで、よろしくお願いしまーす! 何でも頼っちゃっていいっすよ、あたし軍事は才能あったみたいなんで!」


「……はい、よろしくね」


 物凄く不安だったが、彼女は嘘をつかない。才能があるというからには、ある程度扱える自信があるのだろう。彼女といたころは”内政の才能ない”を何百回も聞かされたものだ。

 それに兵士も難民も、どうやらソフィーのことを慕っているらしい。これなら反乱の危険性はだいぶ抑えられるので、一石二鳥だった。あり得るのはソフィーが反乱を起こすことだが、性格上大丈夫だろう。彼女なら権力の座に座るや否や三日で飽きて投げ出すに違いない。


 俺は手を差し出した。


「なんすか?」


「握手でもしよう」


「あぁ、なるほど。手にキスでもして欲しいのかと思いました」


 それは男女逆だ。という文句を言う前に、彼女は手を握っていた。暖かかった。妙にドキッとしてしまう。

 彼女は穏やかな微笑を湛え、さも高貴な女性のような振舞いをした。


「お願いしますね、先輩」


 一瞬、何か時間軸がねじ曲がったのかと思った。勘当されていない世界のソフィーかと思うほどに気品のある声だった。それが妙にしっくりこなくて、俺は顔をしかめた。


「はいはい。まあ、何とかするよ。同期の後輩」


「むっ、なんすかその言い方! ちょっと馬鹿にしてませんか!」


「してるよ」


「爵位だってこっちはあるんですよ! 副指令補佐は男爵相当! わかってますか!」


「俺は本物の伯爵だが」


「……こっちは貴族の淑女ですよ!」


「なら正直に家名を言え。ライトベルク家なんてこの世に存在しないぞ」


「あー、それはー、そのー」


「誰が貴族名鑑を作ったと思ってるんだ」


「……え、あれ先輩がやってたんすか?」


「おい。ソフィーお前、本当にうちの状況わかってる?」


「わかってますよ。素寒貧の極寒地獄でしょ――うわあ! 待って! 手を放して!」


 手を軽く握りつぶしながら、俺は今の状況について説明したり、逆に彼女について質問したりした。

 途中から雑談になると、なんだか幼いころに戻ったような気がした。彼女も気を悪くしてはいないらしい。俺は彼女としばし戯れていた。


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