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二十九話


 彼女はあれから数秒で思考を放棄し、雑談に入った。

 それから五回ほど言葉を投げ合ったところで、あぁ、と彼女は声を上げた。


「そういえば、とにかく会わせてくれって人もいた」


「俺に? さっきのその、軍の人じゃなくて?」


 彼女は首を縦に振った。

 今日は客が多いな。また知り合いだろうか。


「どんな人だった?」


「何考えてるかわかんない。怖い。会わせたくない」


 物凄く心当たりのある知人を思い出した。それも一人だけ。

 セレーネの拒絶を押し切るように、俺は強めに声を発した。


「名前とか、言ってなかった?」


「ロマン」


 思い浮かべていた人物と名前も一致した。あれが今更何の用だろうか。

 正直予想はつくのだが、とりあえず本人に話を聞くことにした。


「ロマンがどこにいるかわかる? 会いたいんだ」


「……ん。呼んで来る」


 酷く不服そうな調子で彼女は部屋を出て行った。転移魔法すら使わないのは、疲労かそれとも拒絶のためか。

 ちゃんと連れてくるのか不安だったが、彼女は十分ほどで普通に戻ってきた。

 その傍らには控えめに言うと目が死んでいて、覇気がなく、それでいて残忍な知性を思わせるような男が立っていた。ただ、俺は彼の中身を知っている。かなり理想に燃えている、良い奴だ。と思う。信じている。一応。

 彼は爬虫類を思わせるような、少し低く渋みのある声で言った。


「お久しぶりです、閣下」


「かっか?」


 セレーネは不思議そうな表情を浮かべ、俺に向かってもう一度閣下と言った。俺がそう呼ばれるのが気に入らないらしい。彼女は俺が内務長官をしていたのをちゃんと把握しているのか。しているのは間違いないのだが、何だか不安になって来る反応だった。


「ロマンは元部下なんだよ……セレーネを信頼していないわけじゃないんだけど、少し席を外してもらえないかな」


 彼の職務上、密談は必須だ。セレーネは不安気に顔をしかめたが、俺が意見を変えないのを見ると頷いた。


「外にいる。何かあったらすぐ出てきて」


「わかったわかった。大丈夫だよ」


 正直、ロマンの要件は何となく想像がついていた。


 セレーネは何度も振り返りながら部屋を出て行った。

 ロマンは傍目には表情を変えていなかったが、俺にはわかる。あれは苦笑している時の顔だった。そのままの調子で、彼は溜息をつくように言った。


「警戒されていますね。私の仕事は知らない筈ですが」


「人相が悪いからね、君は。それで何をしに来たんだい? 反国家的貴族の粛清かな?」


「御冗談を。それなら閣下より先に四大公の首を刎ねなくては」


 彼は小さく笑いながら、鋭い目で俺を見てきた。これは彼の癖だった。

 雑談に興じながら数分話すと、彼は満足したらしい。表情を戻し、硬い口調でこう告げた。


「長官。我々は再び長官の指揮下に戻りたく思います」


「理由は? というか、我々って誰さ。今の組織図を知らないよ、俺は」


「長官の時代から変わりありません。が、ご説明いたしましょう」


 彼は椅子を探し、俺に席を進めた。俺が座ったところで、彼も着座する。どうやら長い話になりそうだった。


 ロマンはとある組織の局長をやっていた。

 内務省国家治安維持管理局。要するに国内向けの密偵組織だ。職務内容としては、情報収集と妨害が基本の組織になる。具体的に言うと、領民の意見操作や反乱の未然防止、察知など。特に貴族同士の確執なんかではお互いに和平を切り出せなかったりするので、その調停なんかも影で行っている。ただし、直接的な暴力の行使、暗殺、その他大々的な武力が必要なことは専門外になる。それは警務長官の管轄だ。


 さて、管理局の局長の上が内務長官となる。もちろん今は別の人物が長官をやっているから、俺は長官ではないのだが。ロマンが言うには、新長官に著しい問題があるらしい。


「内務長官の椅子が不人気なのは知っておられますか」


「エリザベートに聞いたよ」


「なるほど。現状、やる気もない四大公の傀儡が今の長官位にあります。シュヴェーア派ですな」


「シュヴェーアってことは、引きこもりか。内務の仕事は何もしないんじゃないか」


「その通り。週に一度登庁し、東部の利益になる案のみ決済し、それ以外は放置しています」


「ということは、管理局も?」


「指示は稀です。この一年で数回。それも国内の治安維持とは別のことでした」


 彼は吐き捨てるように言った。


「別に無能でも、四大公の紐付きでも良いのです。しかし方針くらいは示してもらわねば、動きようがない。我々はあくまで手足です。手足が勝手に暴れ出せば、脳を傷つける結果を招く。しかし、もう我慢の限界なのです。我々がラコニア公の反乱は事前に掴み、対応策を訪ねた時。現長官はそれを知った上で放置するよう命じました」


「……まあ、シュヴェーア大公には関係がないからな。基本的に」


「ええ。その考えでは国政は向いておりませんが」


 わざと反乱させる方向に持っていかなかっただけ御の字だろう。下手すればルーレス大公の足を引っ張るために反乱を誘発しかねない。むしろその点、シュヴェーア大公で良かったくらいだ。彼女は自分と自分の領土以外に極端に興味がないから、少なくとも他の大公よりはマシだった。


 しかし、一つ気がかりな点があった。


「……エリザベートはどうしたんだい? 彼女は未熟だけど、基本的には善人だよ」


「一時は考えました。が、少々意志が弱い」


「まあ、それは仕方ない」


「仕方ないで済まされないのは、閣下もわかっておいででしょう」


 俺は口を噤んだ。

 ロマンは憂いるような表情を浮かべた。


「何もエリザベート様を憎んでいる訳ではありません。どころか好ましくは思っています。ですから、この話をする前に義理を果たしました」


「義理?」


「新魔王城での第七軍クーデター」


「あったね。それが?」


「その際に捕らえられたのは、あくまで大公の方々のみ。エリザベート様には脱出して頂きました」


「酷い奴だ。大公も助けてやれば良いのに」


「自分で蒔いた火種に焼かれたのです。彼らも本望でしょう」


 お互いに皮肉な笑みを浮かべ、笑いあった。しばし笑っていたが、不意に思い出すことがあった。

 俺が表情を真面目な物に戻すと、彼もまた真剣な表情に変わる。


「……まだ十七の少女だ。君が補佐しよう、鍛えようとは思わないのかい」


「成人もしていない少女を傀儡にする趣味はありません。それに、我々のような存在は使わねばなりません。頼ってはいけないのです」


 そうだな。頼れば実質的に権力が諜報機関に移ってしまう。俺はこの時点で、彼の話の内容を確信していた。しかし、それでも何も言わなかった。

 彼は真剣な表情を浮かべたまま、呟いた。


「我々は卑怯者の集団です。ですが、矜持はある。閣下は我々に言ってくださったではありませんか。影であっても、我々ほど平和のために尽くす存在はいないと」


「……そんなこともあったね」


 昔の話だ。視線を落とすと、彼の拳が強く握られていた。爪を喰い込ませたまま、彼は言った。


「戦争を暴動に、暴動を話し合いに! 我々は世論を欺き操作して、魔界の平和に尽くす為にいる組織だ! 大公のごっこ遊びの玩具ではない!」


 彼はそう叫ぶと、息を切らしながら小さく謝罪した。俺が応じると、少し頭を下げて息を整える。

 そして、ばつが悪そうに目を逸らした。


「閣下に言っても仕方のないことを言いました。申し訳ありません」


「いや、まあ、うん。気持ちはわかるよ」


 痛いほどに。彼らを受け入れない理由はない。魔王政府に睨まれるだろうが、それは今更だ。

 ただ唯一懸念することがあるとすれば、これに尽きるだろう。


「ロマンの気持ちは嬉しい。局員たちの志もだ。でもね、金がない」


「ご安心ください。サレオス伯家の財務状況は把握しております」


「……忍び込んでいたりするかい?」


「いえ、そんな無駄は致しませんよ。ただ、人口を見ただけです」


 まあ、それはそうだ。俺だって自分の領土の概要を聞いたら”貧しいんだな”と思う。

 ロマンはにこりと笑い、ろくでもないことを口にした。


「それに、予算がないのには慣れています。我々はこの一年近く、一切の予算を頂いていませんから」


「は?」


「閣下の領地についての情報も一つですが。我々は集めた情報を有効利用し、商人の真似事をしております」


「……まあ、諜報にもなるからね。その活動は」


「今ではどちらが本業かわかりませんが、ひとまず独自に資金を稼いでいます。予算はもちろんいただけるならばありがたいですが、しばらくは持ちこたえられます」


 それは頼もしいが果たして大丈夫なのだろうか。疑いの目を向けると、彼は目を逸らした。


「はぁ、わかった。これからよろしく頼む、ロマン」


「はっ!」


「けど、あまり俺に期待しすぎないように」


「大丈夫でしょう。仮に閣下が耄碌なさっていたとしても、前任者よりはマシです」


 それは間違いない。俺は頷いて、現在の状況について聞かせて貰った。どうやらロマンは管理局の拠点を中に移したいらしい。もちろん快諾した。

 彼らの力を使えば、北部の併合はよりスムーズになるだろう。特に自治都市なんかでは非常に効果的な方法を取れる。具体的にどうするかはロマン任せになるが、何とかしてくれるだろう。


 ついでに言えば、軍事力の増強もこれで叶うわけだ。表の軍事力と影の軍事力、両方が揃った。

 件の高級士官とやらに会うのが楽しみだった。彼あるいは彼女とは良い関係を築きたいものだが、本当に誰だかわからないのが難点である。

 そうだ。ロマンなら知っていてもおかしくはない。軍の反乱を警戒するのも彼の仕事の一部だからだ。


「ロマン。この城に俺の知り合いで、軍団の方で副指令補佐になった人がいるらしいんだけど。わかる?」


「あぁ、存じておりますが……いえ、言わないでおきましょう」


「お前、それでも局長か」


「平和の敵でもない存在の情報は、いくら閣下と言えど渡せませんな」


 いけしゃあしゃあと言っているが、揶揄いたいだけなのが丸わかりだった。もういい、会ってしまおう。そして素直に謝ろう。

 ロマンが下がろうとしていたので、その人を呼んできて貰うように頼んだ。


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