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第三話


 久しぶりにダンジョンを出ると、世界は相も変わらず眩しかった。ぐるりと首を回すと、北部の一角は森に覆われているが、それ以外は荒野が広がるだけだ。俺たちの防犯意識の低さの原因はここにある。あまりに田舎なので、内戦でも起きなければこんな所誰も来ないのだ。


 昨日は納税しなかったので、随分体が軽い。久しぶりに派手に魔法が使えそうで年甲斐もなくワクワクしてしまう。シアンは留守番をするので、何も遠慮する必要はない。


「それじゃ、いってきますっと」


 誰に言うでもなく呟いて、俺は天高く飛び立った。


 飛行は転移の次に優れた移動手段である。ただし飛行魔法は便利な分とてつもなく燃費が悪く、シアンが留守なのもそれが原因だ。行きはともかく、帰りは間違いなくガス欠を起こしてしまう。

 空はいつも通りの快晴で、青々とした空が広がる。下は瘴気の漂う森と赤茶けた荒野なので見る気も起きない。真っ直ぐに地平線の向こうを見つめていると、時間を忘れてしまう。危うく村も忘れかけていた。慌てて俺は地上に降りた。


 この村は正式名称をオースという。しかし、この辺りに村など他に存在しないため、村人も俺たちも村とだけ言っている。人口は百人ばかり。魔界北端に位置する、街道から外れた寒村だ。

 俺が下りてくると、村人たちがこちらに気づき駆け寄って来る。俺は村長の玄関先に降りた。騒ぎを聞きつけて、ボロボロの戸が開かれた。


「おおお、伯爵様。ようこそ、お越しくださいました」


 村長は人の好い老人である。彼は天からの恵みが降ってきた時のような表情を浮かべていて、安堵も見えた。


「ささ、こちらへ」


 普段から礼儀正しい老人だが、今回はどうやら悩み事があるらしい。五年ほどの付き合いになるから、さすがに表情から何が言いたいか読めるようになっていた。だから彼らの請願についてもうっすら想像がついていた。些か面倒だが、聞かなくてはならない事情がある。

 俺はこの村の領主だった。


 はっきり言おう。俺とこの村は、通常の領主と荘園の関係では結ばれていない。もっと強力な、お互いが居なくなったら死ぬという関係であった。

 俺はこの村がなくなれば、飛行魔法を駆使して一日の街まで出ないといけなくなる。帰りに荷物が増えることを思えば、明らかに無謀だ。早晩こんな場所に住んではいられない。


 しかし村はもっと悲惨だ。この村に商人は滅多に来ないため、現金は俺が買い取らないと入手できない。かといって現金がなければ取引ができず、鉄器や雑貨品が不足する。農産物は重いため、物々交換では応じてくれないのだ。さらに、俺はこの村の税率をタダ同然まで下げていた。そうしないと滅びかねないからである。干ばつとあらば雨を降らし、家が壊れれば魔法で建て替えていた。はっきり言ってどっちが領主なのかわからない。

 幸いにして彼らは善人で、恩を感じてくれてはいる。だから彼らなりに最大限便宜は図ってくれているのだが、自活すら怪しいのだからお互いに大したことはできない。俺も免税と色を付けて食料を買っていくくらいしかできない。村興しができる程の私財はないのだ。

 何せ、このオース村以外に俺の領地はないのだから。


 家に入り、一脚だけ用意された椅子に腰かける。中には村長の他に数名の村人がいて、こちらに平伏していた。村長以外がこの場に居るのは初めてのことだった。訝しみつつ腰を下ろすと、村長は気まずそうに唇を震わせた。


「なんといったらよいのやら、領主様には免税のみならず、多大なご支援を頂いておりますところを……」


「いいよいいよ。本題は?」


「……商人が参りません。普段は月に一度は誰かしら来るのですが、個人の旅商人すら」


 つまり道具が足りないということだ。土魔法で家の壁は作れるが、中身の木材までは作れない。いや待て、まさか。


「薪は? これから冬だろう」


「……本題とは、そういうことでございます」


 村長が気まずそうに顔を下ろした。彼が手で合図をすると、壮年の男が言った。


「村の物資備蓄についてです。食料は村全体で半年、薪は一ヵ月ってところですが、服の備蓄がありません。道具も予備を使い果たしたところです」


 できるだけ丁寧に言おうとしているのはわかるが、粗野な感じが見え隠れしている。まあ、この男の口調は良いだろう。

 今は十一月。問題は二種類に分けられる。一つは越冬の問題。雪の積もるこの地域で燃料の不足は死を意味している。厚着で気を紛らわせようにも着る物が既に足りていない。もう一つは冬を越した後である。収穫までに食い繋ぐには食料備蓄が足りないし、いくらなんでも素手では効率が悪い。


「一応聞こうか。火魔法で乗り切れるくらい暖冬になりそう?」


 皆一様に首を振った。予想通りで悲しくなってくる。

 村長も悲しそうな顔をしたまま、縋るような目で言った。


「このままでは我らが全滅することはわかっております。しかし何も思いつかないのです。領主様の知恵を、お借りしたいのです」


 彼は頭を床に擦りつけた。他の村人もそれに習った。さて、困った。


「とりあえず、顔を上げて」


「しかし」


「いいから」


 とりあえず全部言おう。一番手っ取り早い案は、村人数人で街へ買い付けに行くこと。ダメ元でそれを提案したところ、村長は首を振った。


「もう送り出したのです。一ヵ月前に」


 最寄りの街までは、どんなに遅くても往復一週間だ。つまり逃げたか、死んだかということになる。

 第二陣は、と言おうとしたところで、外から叫び声が聞こえた。


「来たぞ! 魔物の群れだ!」


 その声を聴いた途端、村長以外の村人が慌ただしく駆け出した。

 薄々予想はついていたが、俺は村長に目を向けた。彼は今日一番に萎んでいた。


「魔王様が亡くなってからというもの、呪いの森から魔物が襲ってくるのです」


「数は? 種類は?」


「大狼です。数は……二三もあれば、十以上も」


 死にはしないだろうが、怪我の可能性はある。領主の務めを果たすとしよう。


「とりあえず俺も出よう。これでも一応貴族だからね、狼程度に遅れは取らない」


 平服する村長を置いて、俺は家を出た。


 村人たちは村の中央部に集まって、鎌や鋤で武装していた。食糧庫を防衛するらしい。なら俺は前に出よう。連絡しようと近付くと、数名の村人が駆け寄ってきた。息を切らして言った。


「大狼は十、西からです」


「わかった、ありがとう」


 なにも村人に戦わせる必要はあるまい。俺ならば安全に攻撃できるのだから。

 飛行魔法で滞空し、俺は西へと飛び立った。


 大狼は村の入り口に差し掛かったところだった。これなら一人で片付くだろう。体内の魔力を感じながら、呟いた。


「土魔法、中級」


 得意なのは火魔法だが、今は毛皮が欲しいかもしれない。土を鉄に変換しながらスパイク状にして狼を串刺しにすると、あっさり魔物は片付いた。

 音で気づいたのか、村人たちが眼下に集まっていた。感謝を受け流しつつ、俺は村長の家に戻った。


 家に戻ると、見知らぬ若い男が増えていた。怪我をしているが、命に差し障りはしないだろう。何か言おうとした村長を制し、治癒魔法をかけた。すると、患者の方が喋り始めた。


「私は、買い出しに行っていた者です」


 数人で、と言っていたはずだ。薄々感づいていたが、魔物にでも襲われたらしい。

 何と言おうかと迷っていると、彼の方から話始めた。


「街の方も物流が止まってるらしくて、物がないとか、中央で戦争が起きたとか」


「……その怪我は?」


「野盗にやられました。軍人崩れみたいなのが、中央から雪崩を打ってこっちに来ます」


 思ったよりも情勢の動きが早い。と思ったが、もう魔王が死んで一ヵ月なのか。俺の感覚では昨日死んだので、どうも齟齬がある。

 いずれにせよ中央で戦闘が起きたということは、権力掌握に失敗したということだ。遠からず戦火は中央から地方にまで及び、魔界全土は荒れ果てるだろう。生産、物流が滞る。真っ先に死ぬのはここ辺境だ。

 俺はそっと村長を伺い、見なかったことしておいた。老人がすすり泣く音だけが、粗末な家の中で響いていた。


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