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二十八話


 この城には今、帰還兵と難民が乗っている。兵が三百、難民が七百。全員、人界維持に見切りをつけて帰ってきた者たちだ。行く宛のある者は既に新魔王城で下ろしてきたとのことなので、安心して連れていける。

 ただ、気がかりなのはダンジョンの方だ。俺の知らない何かが起きていなければ、彼らを収容できる空間はない。大至急工事が必要になるので、セレーネに協力を頼んだ。彼女は不思議そうな表情を浮かべた。


「ダンジョン、ジャークのだよね」


「は? ああ、うん」


「簡単に仕組みは聞いた。あのダンジョンには今、三百八十人住んでる。出立から三か月。納税された魔力は?」


 平均の五十として、三割だから一人につき十五。


「……五十万近いな」


「それで工事をすればいい」


 具体的に管理椅子に座って判断したわけではないから確証はない。が、多分できる気がした。

 もちろん内装は空っぽだが、何とかなるだろう。


「それに、今乗っているのには軍団出身者が多い」


「魔力量も期待できるな。臨時で納税を頼めばいいんだな」


 一般に、”軍団”と言えば魔王直属の軍団のことを指し示す。第一から第十までの職業軍人の集団だ。王直属の常備軍と言い換えても良いかもしれない。つい最近話題になった第七軍もこのうちの一つである。


 それが魔力量に繋がる理由は簡単で、魔力量は戦闘力に直結するからだ。身体能力を魔力で底上げするにせよ、火や水の魔法を使うにせよ、魔力は多ければ多いほど有利になる。栄誉ある軍団兵となれば、ある程度魔力が無くては入れないのが常識だった。


 だからこそ解せないのが、そんな引き取り手数多の存在が、よりにもよってこんなところに来るのかである。


「でも、どうして軍団出身者が多いんだ」


「乗ってる人についてきてる」


「ではその人はなぜ来てくれる」


「今の魔王政府に仕えたい?」


 俺は何も言わないことにした。彼女は淡々と説明した。

 彼女が言うには、軍団指令、副指令、あるいは彼らの補佐のような高級士官の多くは帰ってしまったらしい。彼らの多くは貴族の領地を継げなかった者たちだ。今ならば諸手を挙げて実家は歓迎してくれるだろう。


 とすると、その来てくれる人というのは下士官だろう。百人隊長辺りだろうか。広い意味では俺も軍人だが、やはり専門家には叶わない。


「大丈夫? ジャーク、指揮できる?」


「あまり大人数ではできないけど。多少ならできるはず。その百人隊長? の力を借りるよ」


 高級士官がいないのは寂しいが、問題は感じなかった。

 軍団指令は十人しかいない最高位で、一万五千の兵を指揮する。副指令は五千だ。うちの兵数がこれで合計三百少しだから、宝の持ち腐れになる可能性が非常に高い。お互いのためを思えば居ない方が都合が良いくらいだ。


 そう思っていたところで、セレーネは不思議そうな表情をした。


「士官も一人はいるよ」


「聞いたよ。多分百人隊長だろう? あと、百人隊長は下士官って呼ばないとダメだ。怒られる」


「副指令補佐」


「……ん?」


「副指令補佐が一人いる。高級士官の多くが下りたとは言ったけど、全員とは言ってない」


 セレーネは頬を膨らませたが、俺はそれどころではなかった。


 副指令補佐。副指令候補と言い換えても良い。軍団の将校としてはここから高級士官だ。貴族としても、一代限りだが男爵として扱われる。例え元が平民であってもだ。ちなみに、軍団指令にまで登れば子爵扱いになる。


 そんな特権を有する存在だから、極めて全体数は少ない。軍団指令の定数は十人。副指令の定数は三十人。補佐の数に決まりはないが、せいぜい定員の二倍くらいだ。

 つまり、多く見積もっても軍団指令と補佐で三十、副指令と補佐で九十。何と魔王軍十五万のうち、高級士官は百二十人しかいないのである。その上、大遠征の際にかなり戦死者が出たはずだ。今や魔界全体で見ても、絶滅危惧種と言えるだろう。そのうちの一人と言えば、俺が言葉を失うのも当然だった。

 セレーネは俺の頬を引っ張った。

 

「どうしたの?」


 いまいちセレーネは事の重大性をわかっていないように見える。俺が懇切丁寧に高級士官の貴重さを説くと、はぁ、とだけ彼女は言った。何度も確認したが、やはり副指令補佐で間違いないらしい。

 次に確認するべきことは、単純だ。


「その人、行き先知ってるの? うちだってこと。騙したりしてない?」


「むぅ。約束までしたのに、ジャークぜんぜん信じてくれない」


「それとこれとは訳が違うからね。さすがに俺も焦る。で、どんな人だった?」


「知り合いだって」


「知り合い? 誰の? 俺の?」


 こくり。彼女は半ばうんざりしているようだった。

 軍団の、それも高級士官の知り合い……まずい、記憶にない。

 自慢じゃないが、中央では内政畑を歩んできた。軍の知り合いなんて、本当の――それこそ最上級の、軍団司令官くらいしかいない。副指令補佐なんて微妙に立派な知り合いがいたら、忘れるはずがない。

 考えても見るがいい。向こうは俺を知り合いと思っているのに、俺が忘れていたらどれほど失礼か。怒って帰ってしまうかもしれない。今の俺たちには軍事力が圧倒的に不足していて、今後補充されるかすら疑わしい高等教育を受けた士官は、まさに喉から手が出るほど欲しい人材だった。

 俺が焦るのを尻目に、セレーネは欠伸をした。


「大丈夫。優しそうな人だった」


 優しそうな人? 優しいだけの人が軍団で高級士官にまで成れるか!


「頼むから、もうちょっとだけ考えてみてくれ」


 聞いているんだかいないんだか、彼女はぼんやりと虚空を見つめていた。

 声を掛けようかと思ったが、よく見ると目が細かく動いている。

 何かを思い出そうとしているようだった。俺は一縷の望みを託し、見守り続けるのだった。


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