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二十四話


 その後、俺は半ば自棄になっていた。どうやらドワーフ語と魔族語は語彙も文法も違うらしく、何を聞いてもさっぱりわからない。何人かに魔族語で話しかけたが、無視されるか首を傾げられたので諦めた。

 そもそもの話として、ドワーフは閉鎖的な存在なのだ。今の俺もかろうじて存在を許容されているだけで、取り付く島もない。誰も関わろうとしない。いや、はっきりと言おう。避けられていた。


 心が折れるのに三日も要しなかった。帰ろう、シアンの元……には無理でも、せめて会話をしてくれる人がいる場所へ。

 実際、そう難しいことではない。飛行魔法で一時間も飛べば、麓のミュンヒハウゼンに着くだろう。そこで人間の職人を探す。完璧だ。


 しかし、問題が起きた。いざ出ようと思っても、出口がわからない。この数日間、洞窟の中心部からは出なかった。とにかく鍛冶師に声を掛けて掛けて無視され続けていたのだ。

 そう思うとタヌールに聞くのも癪だった。自力で出てやろう。風や空気の流れから、何となくこっちだろうという方へ歩いて行った。一時間ほどぐるぐると彷徨っていると、遠くに数日ぶりの太陽光が見えた。


 外気が心地よい。太陽は眩しくて目が痛くなるが、久しぶりに温かみを感じられた。

 さて、行くか。飛行魔法を発動する寸前、背後から意味の分かる言葉が聞こえた。


「帰るのか」


 浮かび上がったところで、俺は咄嗟に振り向いた。どこだ。坑道の周りにはいなかった。


「こっちだ、こっち」


 目を向けると、急斜面の上に少女が座っていた。真っ赤な髪をしていて、百四十センチくらいだろうか? 小柄な少女だった。魔族語を話していたが、体格的にドワーフだろう。

 タヌール以外に魔族語が話せる人がいるとは思わなかった。彼女に通訳して貰えば、もしかしたら交渉の余地はあるかもしれない。俺は彼女の傍に飛んで行った。


「なんだよ、帰らないのか。はっきりしない奴」


 悪態を付きながらも、彼女は少し横にずれた。座れそうなので、隣に腰掛け頭を下げた。


「頼みがあるんだ。俺に出来ることなら何でもするから、手伝ってくれないか」


「あ?」


「通訳をして欲しい」


「……ついてきてくれる職人を探すために、か?」


「そう。武器でも道具でも良いから、金属を加工できる人が欲しい」


「お前んとこにはいねえの?」


「いない。俺は上級まで土魔法を使えるけど、鉄は動かせないんだ」


「ふーん。不便だな」


 乱暴な口調だったが、失礼だとは思わなかった。似たよう奴を知っているというのもあるし、三日ぶりにまともに口を聞けたことが嬉しすぎた。

 彼女は鼻を鳴らした。


「通訳して欲しいならしても良いけど、意味ねーぞ」


「なんでさ。一人くらい、こう、あぶれてる人とかは?」


「そりゃあいる。俺見りゃわかんだろ」


 へっ、と彼女は自嘲した。それに妙な親近感を覚える。仕事を投げ出した自分の仲間かと思った。

 いや、彼女に失礼か。

 それに俺だって、投げ出すと決まったわけではない。理由を聞くことにした。


「待遇の問題? それともドワーフは山に住んでいないと衰弱するのか?」


「そんな面白種族がいてたまるか。長老から話をするなって言われてんだよ。多分怖いんだろ」


「怖い?」


「あれ見ろ」


 彼女の視線の先には、雄大な景色が広がっていた。天空城から見るのとはまた違って見える。初めて飛んだ時の気持ちを思い出させるようだった。

 眼下には田園と森林、玩具のような煉瓦の街が広がっている。はるか遠くには、新魔王城らしき大都市が見えた。時折かかる低い雲がそれを彩っている。散々見てきたはずのものが、随分と綺麗に見えた。俺はしばし、許されるままに見とれていた。


 不意に笑い声が聞こえた。振り向くと、自慢げな表情の彼女がいた。


「綺麗だろ?」


「絵の才能が欲しくなるよ。無粋かもしれないけど、取っておきたい」


「俺も欲しい。でもよ、他の連中は外が怖いっつって見たがらねぇ」


「怖い? セレーネと来た時の反応は、そうは見えなかったけど」


「そりゃ鉄に浮かされてるだけだ。魔族なんてのは外の象徴だ、嫌われても仕方ねぇ」


「……異文化って奴か」


 魔界にも多少の文化の違いはある。しかし全員魔族語を話すし、交易もするし、怖いとは思わない。だが人間とはどうだろう。確かに、俺も怖い。彼らは武器もないのに、占領下の地域で抵抗戦を繰り広げたらしい。きっと、彼らも今のドワーフと同じなのだろう。

 理解できない、という気持ちが大きい。だが一個人として、彼らの感覚は尊重しなくてはならない気がした。

 なら、通訳も無駄か。


「ありがとう、参考になった」


 立ち上がろうと岩肌に手を着いた時、袖を掴まれた。彼女は遠くを見ていた。


「まぁ待てよ。話そうぜ」


「……あまり時間はないんだ。三か月後までに、色々な種類の人を集めないといけない」


「お望みの鍛冶職人とかか?」


「そう。あと医者とか」


「なるほどな。で、なんで俺に声を掛けないんだ」


「え? いや、それは――」


 彼女が職人には見えないからだ。ドワーフなら金属加工はできるのだろうが、流石に操作できるだけでは意味がない。良質な品物を作ってもらえないなら意味がないのだ。


 じっと彼女を見つめた。ドワーフだが華奢で、普通の小柄な女の子に見える。街で遊んでいてもおかしくないし、どうにも鍛冶師という仕事ができるとは思えなかった。確かにドワーフ鍛冶は火を使わないし、彫像を作るように剣を作るから、理屈の上ではできてもおかしくはないが。


 俺の視線に気づくと、彼女はジト目をした。


「疑ってんじゃねぇよ。まぁ、間違ってもねぇけど」


「……話そうか。少し。いいかい?」


「もちろん。俺から誘ってんだ」


 それから、しばし自己紹介を交わした。


 彼女は名をステラといった。本人曰く、作るのが遅いから鍛冶をさせて貰えないが、実力はあると言っていた。早速不安でならなかった。それを言うと、女だから練習させて貰えないせいだ、と言った。


「なんでさ」


「子供を産め結婚しろとうるさいんだよ。それに、うちでは男が武器を作って、女は装飾品とかを作る決まりだ」


「で、武器を作りたいってことか」


「武器じゃない。剣。それも儀仗用の。貴族なんだろ? わかるよな?」


「安心していいよ、これでも伯爵だから」


「いやわかんねぇよ。まあでも、俺はそういうのを作りたいんだ。普通の剣でも良いけどな」


 言いたいことはわかる。華麗な装飾の施された宝剣は、確かに貴族が喜ぶ品だ。かといって鈍らで良いわけでもない。かなりの技量が求められるし、美術品としての価値も考慮される。果たして彼女にできるのだろうか。いや、疑っていたらきりがないな。できる前提に話すか。


「でも、うちは貧乏なんだ。宝石とか金とか、そういうのを買う余裕はないぞ」


「いいよ。むしろ、その方が良いくらいだ」


 興味深い見解だった。どういうことか尋ねると、背伸びした子供が偉そうにするときのような表情を浮かべた。


「普通の素材を良いものにしてこそ、職人の腕が出るってもんだろ?」


 すごい言葉だ。というかすごい自信だ。俺も一回言ってみたい。ここまで言うなら、一度作った物を見てみたい気がした。馬鹿にしたいわけではない。純粋に興味があった。


「見てみたいな。何かないのか?」


「……売れない物は要らないそうだ。材料をくれなかった」


「売れない? 儀礼用の武器が?」


「そうだ。需要がないんだと。特に今は実用品がいるとかって言って、練習もさせてくれない」


 確かに、今の大陸情勢から言えばその通りだ。しかし思うに、販路がないだけではないかと思う。

 俺の頭の中には儀仗用の装備を求めてやまない四大公の姿が浮かんでいた。

 けど安易に期待させるのも酷ではある。妥協だ、妥協。


「俺は見てみたいな。ステラの作った剣。もっとも、お金はないから買えやしないんだけど」


「……何もかも好きにやらせろとは言わねぇ。なあ、ジャックっつったよな。俺を雇ってくれ。お前の欲しい物を作ってやる。その代わりに、俺の作りたい物を作る手伝いをしてくれ」


 断固とした口調だった。その様子に、俺は同情してしまう。彼女に自分を重ねていた。

 周りから認められないのは、辛いことだ。良く知っている。評価されるべきものがされない時、作った側は何より悲しい。心底同情するし、連れて行きたいとは思う。


「ただなあ、問題があるんだ」


「なんだよ」


「気のせいなら良いんだけど――この集落、男の方が多いよね?」


「ん? おう。七対三くらいだ」


 やはりか。

 間違いなくタヌールは彼女を手放そうとしないだろう。

 なぜなら、女だからだ。身も蓋もないことを言うと、生殖のためにドワーフの女を手放したくはないだろう。

 そのことを伝えると、ステラは顔を引きつらせた。


「俺は好きな奴なんていねぇぞ」


「見合いくらいあるんじゃないのか」


「引き取り手なんかいねえよ。安心して俺を引き取れ」


「それだと別の意味になる。ってそうじゃない」


 へらへらと笑う彼女は、少し疲れているというか、やるせなさそうに見えた。

 まだ会って三十分、一時間程度の仲だが、胸が痛んだ。他人とは思えなかった。

 領主としての自分。個人としての自分。色々なことを考えた末に、俺は一つ覚悟をした。


「ステラ。俺に実力を見せてくれ。そうしたら君を連れていこう」


「駆け落ちってか? 良いね。何でも作ってやる。でも、実力ってどうすんだ。鉄取って来るのは無理だぞ」


 ステラは困惑していた。軽く手を振って安心させてから、手頃な大きさの石を拾う。ちょうど掌いっぱいくらいだ。

 彼女の隣に戻って、息を吐く。


「土魔法、上級。変成――青銅!」


 一気に重力が掛かったような感覚を覚え、視界に黒点が映る。汗が止まらないし、呼吸が自然と早まった。


「お、おい、大丈夫か?」


 ここで制御をしくじるわけにはいかない。俺はかろうじて意識を繋ぎとめた。幸い、かろうじて首の皮一枚つながったらしい。俺の掌には青銅の塊が握られていた。力尽きて転がっていく銅塊を、ステラが慌てて拾うのが見えた。


「おい、大丈夫か、おい! しっかりしろ!」


「ちょっと、寝るだけだ。魔力切れで、な」


 これだけ言い残せば、不用意に心配せずに済むだろう。

 俺は意識を手放し、岩肌に身体を預けた。


 今回は魔力を使い果たしたわけではないから、すぐに目覚めた。魔力は一割残してある。何故気絶したのかというと、一気に九割も使ったからだ。いきなり走り出すのと似たようなものだった。

 だからこそ訝ったのは、自分が水平に眠っていたことと、頭が柔らかいものの上にあることだ。

 まさか数分では寝床まで運べまい。それに、背中の感覚は布ではない。柔らかい土のものだ。この辺りはすべて岩だったはず。まだ痛む頭を抑えながらゆっくりと目を開くと、そのまま俺は動けなくなった。


 紅玉が俺を射抜いていた。真っ赤な瞳は彼女の望む宝石そのもので、眼窩にはめ込まれたそれは整った顔立ちと見事に調和している。気の強そうな顔には険がなく、透き通るような日焼けのない肌には、頬の辺りに朱が差していた。


「……お、おう。目、覚めたか」


 気恥ずかしそうな声は柔らかく、乱暴な口調の中に心配がありありと浮かんでいた。

 まずいな。鍛冶が下手でも連れて行きたくなってしまいそうだ。邪念を振り払おうとして、自分がどうなっているか認識した。これは膝枕だ。そうに違いない。なんで。俺はようやく理解した。彼女がドワーフとしての力で山肌を整え、枕になってくれているのだ。


 彼女はもじもじしながら、俺の肩の辺りで青銅を弄んでいた。


「その、ありがとな」


「あ、いや、いいよ。こちらこそ、なんかありがとう」


 ゆっくりと身体を起こすと、彼女が背に手を当ててくれた。

 もう大丈夫なのか? と視線が語っている。俺が頷くと、彼女は青銅球をもちもちと手の上で転がした。

 毛糸のボールと同じ感覚のようだ。理解ができない。許可を貰って触ってみると、硬くて冷たかった。


 何を作ろうか。柄が存在しないのは火を見るより明らかなので、まず剣は没になった。紆余曲折を経て、鏡はどうかと彼女の方から提案してきた。


「下手な奴だと鏡が上手く反射しねえ。それに、持ち手が尖ってたり装飾が下手だったりする。これはそのまんま、剣を作るときには刃の上手さと飾りの上手さになるわけだ」


「なるほど。じゃあ、それで」


 青銅で出来た手鏡。まぁ、ありふれた品の一つだ。少し身なりの良い者であればみんな持っているだろう。

 集中してもらうために、少し距離を取った。お手並み拝見だ。


 ドワーフの鍛冶は二段階を踏む。まずざっくりとした形を作る。次に、細部を詰める。以上。原則的には粘土で作る陶器や彫像と同じだから、火を使うことすらない。

 彼女は第一段階において、いきなり三十分を要した。鍛冶場を観察していた限り、普通の職人は長剣一本、だいたい十五分で作る。一方彼女は手鏡一つで既に三十分必要だった。

 金属の動きも雑というか、勢い余っている感じがした。あまり動きに慣れていない、というのがありありと伝わってくる。これはダメかと思ったが、黙って見守ることにした。


 ステラは真剣そのものな表情を浮かべていた。手鏡が手鏡の形になったところで、彼女はいきなり加速し始めた。

 鏡面の泡を取り除き、縁の角を丸くして持ち手が痛くないように加工する。最後に勢いよく鏡の周囲を飾り立て始めた。薔薇と茨を意識したと思われる意匠は、遠目にもかなりの出来栄えに見える。

 通常、この第二段階に時間がかかる。長剣一本、平均で十数分は要するだろう。一方、彼女はこれだけ飾っておきながら五分ほどで工程を終えた。それなりに満足いく出来栄えらしく、何度も頷いていた。


「どうだ」


 受け取った手鏡を見て、俺は彼女を連れて行くことにした。

 確かに時間はかかる。が、許容できないほど遅いわけではない。鏡は完璧にこちらを映していて、歪みはほとんどなかった。周囲の装飾は到底人の手では施せないほど精緻にできていたが、邪魔にならないよう作ってある。もちろん、握った時に角が刺さるはずもない。


「すごいね」


 思わず零した感想を聞いて、彼女はそわそわし始めた。なぜかと思ったが、そういえばまだ連れて行くとは言っていなかった。それが妙にいじらしく、揶揄いたい欲望に駆られた。


「ど、どうなんだよ。俺、貴族にこういうの見てもらうの、初めてで……」


「大丈夫。ステラはすごいよ。俺の今持ってる手鏡より上手いし」


「……つまり?」


「連れていく。今更嫌と言っても、手遅れだからな」


 先ほどの彼女の揶揄いを思い出し、まるで駆け落ちする貴族のようなことを言った。自分でも恥ずかしくなってきたが、構うものか。

 彼女は顔を赤くして、うるせ、と呟きそっぽを向いた。横顔から覗く口元が、だらしなく緩んでいる。

 やがて意を決したように拳を小さく握り、ぱっと振り向いた。


「ありがとな」


 白い歯を見せて笑う彼女は、夕日に照らされていた。

 俺は自分に絵の才能がないのを、今までで一番に悔やんだ。


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