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二十二話


 拉致された翌朝、例によってセレーネと同じベッドで目を覚ました。今回は訳の分からない理由ではなく、単純に空き部屋がないだけである。通路で眠っていた人すらいるので、流石に我儘を言えなかった。

 そして俺は銅細工を渡そうとして気恥ずかしくなり、渡すに渡せないままになっていた。抱き抱える体勢で眠っておいて何を今更と言ってはいけない。今も隣でセレーネはぼんやりしていた。


「あー、セレーネ」


「何?」


「俺がなんで城に来たのか、知ってる?」


「シアンから聞いた。職人探す」


 安心した。セレーネのことだから、何も知らないで連れてきてもおかしくなかったからだ。

 恐らく中央に向かうだろうから、職人の絶対数は多いだろう。期待が持てる。


「この城はこれから中央に向かうってことで良いんだよね? どこら辺に降りる予定?」


「北西に向かう」


 北西? これより北西という意味ではないはずだ。魔界北西部のことだろう。呪いの森の南側にあたり、うちからも近い。

 地勢的には西部の黒竜山脈沿いは全体的に鉱業が盛んで、鍛冶職人も多い。しかし、セレーネが向かうとなると解せなかった。彼女が金属製品に何の用だろうか。

 訝っていると、彼女は察して答えてくれた。


「中央、荒れてる」


「……そうか」


 エリーは失敗したか。残念には思うが、当たり前だと思う自分もいた。今の魔王政府は完全に機能不全を起こしている。脳が生きていたって、口すら動かないのだから意味がない。おまけに目と耳も信頼性に乏しいから、脳は正しく現実を把握することすら困難だ。


 俺とエリーの関係について、セレーネは詳しくない。本当は詳しく聞きたい気もしたが、彼女は僅かに怒っているようだった。不甲斐ない政府――というか、ベリアレ家が嫌いなのだろう。話題を変えることにした。


「北西部って言うと、やっぱり武器職人と鍛冶職人を雇いたいな」


「無理だと思う」


「……俺はどこで降りれば良いと思う?」


「北西部」


 会話が通じなかった。いや、北西部で鍛冶を雇えないというのはわかる。目ざとい領主ならばこの先何が起こるか予想がつくだろうし、軍需品に直結する職人を囲い込んでいるだろう。こういう時は一人で悩んでも無駄なので、大人しく一から辿ることにした。


「北西部で降りたほうが良い理由は?」


「ドワーフ」


「……あー、ドワーフね、はいはい」


 無理では? という言葉は寸前で飲み込んだ。


 黒竜山脈の魔界側には、およそ四つの種族が混住している。

 山麓と平地に魔族。中腹から高地までにドワーフ。頂上近辺に竜族とドラゴンが住んでいる。ドワーフは排他的な傾向が強く、貴族だろうが話を聞いてもらえるとは限らない。いかにセレーネが研究以外興味がないからって、それを知らないとは思えなかった。何か根拠があるはずだ。


「来てくれる人がいると思う?」


「あぶれ者はどこにでもいる。それに、ドワーフなら落ちこぼれでも最低限の技量はあるはず」


「うん、まあ、そうなんだけどさ」


 ドワーフは鉱物の加工に長けた種族だ。土魔法とは別の原理らしいが、似たような物を使って金属を加工する。そして、俺たち魔族の使うような魔法は一切使えない。要するに転移魔法を土魔法に置き換えたセレーネだと思えば良い。かかる魔力が少ないだけで、技量は別問題なのだ。出来の悪い鉄屑を量産されても困る。それを伝えると、セレーネはぐっと拳を握った。


「大丈夫。ドワーフを信じて」


「やけにドワーフを推すね」


 確証のある時の調子だったので、つい疑問に思って尋ねてしまった。

 彼女は不思議そうな表情を浮かべた。どうやらそういう自覚はなかったらしい。もしかしたら、一点特化型の仲間意識かもしれない。自己解決しかけた時、彼女は呟いた。


「取引がある。お得意様」


 お得意様か。セレーネ個人かラクトル家か、つまり転移魔法にせよ天空城にせよ、やることは一つに違いない。


「物を運んでるのか」


 彼女は頷いた。なるほど、納得だ。ドワーフは屈強な種族だが、好き好んで重い金属製品を抱えて数千メートルも山下りをしようとは思わないだろう。天空城はうってつけの輸送役だ。


 ようやく話が見えてきた。

 排他的なドワーフならば引き抜きも囲い込みもされていないため、彼らを連れていけということだ。俺自身が門前払いされないよう、多分セレーネが紹介状でも書いてくれるのだろう。だから北西部に下ろしていく、ということだ。


「わかった、ありがとう。納得したよ」


「ん。三か月後、ミュンヒハウゼン侯爵領に行くから。それで回収する」


 三か月後か。だいたい十一月の初旬になるだろう。これは聞かなくても想像がつく。ミュンヒハウゼン侯爵領に人を集めておいてくれたら、サレオス伯領まで運ぶという意味だ。そこまでして貰うのは申し訳ない気持ちがあり、銅細工のことを思い出した。いきなり渡すと変なので、ちょっと眉を寄せてみた。


「気が引けるなあ。いつもセレーネには助けて貰ってばかりで」


「今回は別。人を下ろした時に頼まれた、ちゃんとした契約」


 予想していた展開と違う。が、興味を惹かれたので止めないことにした。

 セレーネは机の上をがさごそと漁り、一枚の紙を持ってきた。シアンとセレーネの間で確かにそういう契約が結ばれていた。


「何人連れてきてもいいよ。その分人を下ろすから」


「どこに?」


 彼女は俺を指差した。俺が知らないうちに、拡大計画は着実に実行されているらしい。涙が出そうになった。これがトップか。いちいち指示を出さなくても、方針だけ決めれば全部シアンがやってくれる。

 何もかも独断専行なのが玉に瑕だが、方針自体は二人で話し合って決めた物だし、俺の希望にも沿う形の解決法だった。北の方を向いて、俺は呟いた。


「シアン、ありがとうな」


「伝言。“たくさん連れてこないと殺す”」


「……誰から?」


「シアンから」


 訂正しよう。やっぱりシアンはシアンだった。感謝はするし大事にもするが、それとこれとは訳が違う。

 たくさんとは何だろう。決まっている、種類も人数も可能な限り多く、だ。期間は三か月。計画を立てておかないと、後で大変なことになるだろう。

 ドワーフとの交渉を空想しながら、俺は空を旅していった。


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