番外編:家族会議
豪奢で贅を尽くした長机の上座、誕生日席とも言われる場所に私は座っていました。
今日は月に一度開かれる、ベリアレ家の会合です。最近は常に誰かしらが欠席していたのですが、今日は珍しく四大公が全員出席しています。
四大公のうち、私の右側にはルーレス家、アカディア家の方が。左側には、オーテス家とシュヴェーア家の方が座っていました。姓は全員ベリアレですから、本家以外はベリアレを名乗らず、その本拠地の名前を取って呼んでいるのです。
この席の座り方は、ちょうど対立軸を表していました。私は痛む胃を抑えることもできないまま、できるだけ声を張りました。
「それでは、さっそくですが議題に入らせていただきます」
「しばしお待ちを。追及しなければならないことがあります」
ルーレス家の当主、ルートヴィヒ様が早速何かを言い出しました。彼はいつも何かに怒っているような険しい表情をしている、百歳くらいの壮年の男性です。魔界南東部のベリアレ家本貫地を領していて、四大公筆頭の地位にありますが、実際の領国の豊かさでは四大公でもっとも劣っています。
私は胸の辺りを抑えたい衝動に駆られましたが、どうにか笑顔を保ち、どうぞ、と言いました。
「オットー。貴様、四大公筆頭である私にも、エリザベート様にも告げず、大森林に攻め入ったそうだな」
なぜ、四大公筆頭を先に言うのでしょう。いや、わかってはいます。私がお飾りの臨時政府首班であって、ベリアレ家を統率できていないからです。ジャック様とのお話が思い出されました。
対するオーテス家当主のオットー様は、老年のいかにも政治家然とした方です。魔界南西部に領地を持っていて、その領土は黒竜山脈を超えて人界側と繋がる大河、ヴェーゼル河に面しています。大森林はヴェーゼル河の下流にあって、エルフの方々が住んでいます。
大概のことには諦めのついた私ですが、さすがにこれは見過ごせませんでした。完全に国際問題です。
「オットー。本当ですか?」
一応立場が上なので、様はつけませんでした。しかし彼はそれを不愉快に思ったらしく、フンと鼻を鳴らしました。皺の刻まれた顔に睨まれると、恐怖を覚えてしまいました。
「小競り合いじゃな。向こうが仕掛けてきたものを、迎撃したまでよ」
「くだらない嘘は止せ」
野太い武人のような声が、しわがれた声をあざ笑うように発せられました。アカディア家のヘルマン様です。軍事に造詣が深い方ですが、少々短気なところのある方です。
「ヴェーゼルは急流だ。それに黒竜山脈の辺りでは川辺を歩くこともままならん。どうやって下流のエルフ共が、上流のオーテスを攻撃するというのだ」
「山を登ったんじゃろうな。下賤なドワーフ共は奴らに協力的じゃからの」
「それは貴様が攻撃したからだろうがっ!」
ルートヴィヒ様が拳を机に叩きつけます。半分は演技でしょう。本心はどうも思っていないに違いありません。
その後は口論となりました。ルートヴィヒ様とオットー様の争いが始まると、ヘルマン様は興味なさげに外を見始めました。五分ほど口論が続いたところで、これ見よがしな溜息が室内に響きます。
「くだらない。帰って良いかしら」
気だるげな声で議場を静かに一喝したのは、マルグリット様です。魔界東部にあるシュヴェーア家の当主で、四大公では唯一の女性の方です。常に気だるげな感じの若い方で、自分の領地以外に興味がないようです。
争っていたお二方も、流石に帰ると言われては矛を収めました。咳ばらいを一つして、私は本題に入ります。
「魔界全土で、食糧難の傾向があると聞きました。これに対策を打つ必要があります」
「ほぉ? 姫様はよくご存じですな。どなたからお聞きしたので?」
「あのジャックとかいう、魔王様に楯突いた愚か者でしょうな」
「なんと! そのような者の言葉を信じられるのですか?」
ジャック様を詰め所で足止めしていたのは、恐らくルートヴィヒ様かオーテス様でしょう。二人は先程までの様子とは打って変わって、仲睦まし気に私を責めました。そして、またマルグリット様が溜息をつかれます。今度は少し長く、悪い言葉が付け加わりました。
「食糧難なんてないわよ。他にこの場にいるので、食糧が足りないって人は?」
この場の前には”自分の領地では”とついています。つまり暗黙の反対でした。四大公の方も、誰も声を上げません。当然と言えば当然です。四大公に与えられた封土はどこも豊かでした。
締めくくられそうな流れに反抗し、慌てて声を上げました。
「し、しかし、北方や中小領主などの領地では、確かに食糧不足の傾向が」
「その領主の責任でしょう。これを我らの財政で補填するなど、甘えた考えですな」
「然り。大人しく飢え死にするなら良し、歯向かうなら我が軍が粉砕して差し上げましょう」
ドン、とヘルマン様が熱い胸板を叩かれました。
きっとジャック様なら“馬鹿だね”とおっしゃるのでしょう。私もそう思いましたが、声には出しませんでした。
「さすがは武門のアカディア家。エリザベート様も心強いでしょう。代行様を悩ます問題が解決したようで、真に喜ばしい」
「じゃ、これにて閉会」
勝手にマルグリット様が閉会を宣言し、退席してしまいました。御三方もその後に続きました。
私は一人、会議室に残って項垂れていました。万事この調子ですから、臨時政府は動くに動けません。私の支配が及ぶのは新魔王城近辺だけ。人口もせいぜい二十万人です。最大規模のオーテス家など四十五万近い領民を有していて、到底勝ち目はありませんでした。
「ジャック様……」
それ以前に、臨時政府内でも対立があります。四大公家はそれぞれに官吏を送り込んできていて、政府内は私を含めて五つに分裂していました。一部の官吏は汚職すら行っていて、既に統治機構はまともに機能していません。
ジャック様が言うなら、間違いなく遠からず反乱が起こるのでしょう。そしてアカディア家が戦う。私も、他の方々も。魔界の全土で争いが起きて、大勢の方が亡くなられます。私はそれを止められるはずなのに、止められませんでした。涙が零れてきます。
逃げ出したい気持ちを抑え、父様のことを思いました。
私は父様の一人娘です。魔界を統一して平和をもたらした、偉大な父様の娘です。私が逃げ出すなど、あってはならないことです。それに、逃げ出してしまってはジャック様に合わせる顔がありません。
それは大変困ります。寂しいです。大遠征で、父様と仲の良かった方は軒並み亡くなられました。もうジャック様くらいしか、父様について話せる方はいないのです。
やろう。できる限り。私はぐっと力を籠めて立ち上がりました。
権限がなくても、お金がなくても、それでも最善は尽くさなくてはなりません。それが私の生まれながらにして背負う義務です。私は臨時政府の面々を呼び出し、指示を出し始めるのでした。




