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二十一話


 天空城の来訪を知ったのは、城を見た時ではなかった。その知らせを受けた時でもなかった。


 俺はその日、自室で寝転んでいた。魔力は既に使い果たしていて、やることもないからだ。夏の陽気はこの地下三階においてはまったく感じられず、むしろ少し肌寒いくらいだった。


 その時、俺は布団を被って目を閉じていた。そして急に隣が暖かくなった。何が起きたのかわからなかったが、そんなこともあるだろう。布団とは急に温まるものだ。おかしいと思ったのは次。明らかに質量を感じた。何か柔らかいものの感触を理解した。人肌に酷似していると気付いたのはその時で、真っ先に思い浮かべたのは彼女である。


「シアン?」


 と声をかけた。

 次の瞬間、いきなり肩に鋭い衝撃を感じた。慌てて目を開くと、見慣れた青い髪ではなく真っ白な髪が垂れていた。


「おはよう」


「あ、あぁ、おはよう」


 想定外の事態が起こり冷静でいられなくなった時、ルーティーンを実行して気を落ち着かせる。この挨拶には似たような効果があった。理性的に、冷静に考えてみた。余計に混乱した。


「セレーネ、だよな?」


「幻覚魔法は未だ実用化していない」


「なんでここに?」


「転移」


「あぁごめん、手段じゃない。なぜの方」


「数か月おきに来るって言った。保護が忙しくて遅くなったから、お詫びに」


 彼女はすっと俺の背に手を当てた。


「ベッドの上で政治しよ?」


「よくそんなろくでもない言葉を思いついたね」


 これが言いたかっただけらしい。彼女は何事もなかったかのように起き上がった。俺も体を起こす。彼女は懐から紙を一枚取り出して、俺に押し付けてきた。


 読んでみると、物品の目録だった。見たことがある。これは商家の押し付けてくる目録だ。しかし、値段が通常書かれているだろう部分には謎の数字が掛かれていた。


「この数字は?」


「十ポイントで一人引き取って」


「いや、そんなことしなくても普通に引き取るよ。幸い居住区も拡張したから」


「ほんと? 五百くらい?」


「……そんなに?」


「すし詰め状態。治安がどんどん悪化して、ついに学問は切り捨てられた」


 無念。淡々と紡がれた言葉は、珍しく本当に悔しそうに見えた。


「物資もあまり持ってこれなかった。ごめん」


「人が多すぎて、積む場所がなかったのか」


 彼女は頷いた。どうやら、相当に事態は逼迫しているらしい。


「だから、たくさん引き取ってもらうために。篭絡しに来た」


「そんなことはしなくて良い」


「うん。しないだろうけど、こうしたらジャークは受け入れてくれそうだから」


 よくわかっている。最近、シアンやセレーネは俺よりも俺に詳しいんじゃないかと思うことがある。こんなアピールをされてしまっては、心動かされるのはやむを得ない。


「シアンを呼んで来るよ。ちょっと待ってて」


 俺は自室を飛び出した。




 シアンに事の経緯を説明すると、へぇと彼女は言った。


「いや、へぇじゃなくて」


「あぁ、ごめん。考えてたの」


 目録を見て、空中に魔法で文字を書いていく。

 角度的に読めなかったので、セレーネと二人で待っていた。心なしか、セレーネも緊張しているように見える。

 そっと耳元に顔を近づけ、囁いた。


「大丈夫。シアンはあれでも結構優しい」


 セレーネは頬を膨らませた。そんなことはわかっている、とでも言いたげだった。


 十分ほど唸ったあと、シアンはふぅと息をついた。

 それからちょいちょいとセレーネを呼んで、二人で話し始めた。


「第三層の非職人用の部屋は五十。空きは三十」


 これとは別に、職人用の部屋というか、工房と家が合体したようなものが十部屋ある。並列工事の賜物だ。


「で、希望人数は……できる限り多く、よね」


「そう。最大は五百人」


「もし三十人引き取るとして。どう思うの?」


「少ない。困った」


 その返事を聞くと、シアンの方が困った表情を浮かべた。子供の悩みを聞く親のようだった。


「じゃあさ、どれくらい引き取ってほしい? 現実的なところで」


「んー」


 訂正。完全に母親だった。言葉の足りない子供と理解ある大人そのものだ。シアンも毒気を抜かれたようで、口調が完全に同年代か、あるいはいっそ年下相手に喋っている時のものだった。それからはとんとん拍子に会話が進んでいき、セレーネの希望も見えてくる。

 どうやら容赦のないシアンと色々とすっ飛ばすセレーネは案外相性が良いらしい。

 友人同士が仲良くしてくれて、俺も嬉しい限りだった。


 結局、二人は“ないなら作ればいい”という究極的な意見に辿り着いたらしい。シアンが俺の方を向いた。良い笑顔を浮かべていた。セレーネは嬉しそうに笑っていた。純粋だがその分恐ろしかった。

 俺も話の経緯はわかっている。これから何をさせられるのかも。だが、考えたくなかったので死刑宣告を待った。

 シアンが気合の籠った声を発した。


「今から速攻で工事するわよ。目標は二百五十部屋を一週間!」


「どんどん転移する」


 二人はやる気に満ちていた。その熱意は俺の心にまったく火を灯さず、ただただ俺は絶望していた。

 無謀な挑戦が始まった。


 計画が達成された暁には、我が迷宮には三百人の研究者が住まうことになる。一大学術都市として売り出せそうな勢いだ。この大工事のため、土魔法に覚えのある学者が十名ほど動員されることになった。


 工事計画は簡単だ。

 まず、俺とシアン、学者連中で通路と部屋の外殻を作る。この作業を転移でやると崩落するので、土魔法でやるしかない。では転移魔法の使い所はどこかというと、くり抜きの部分だ。外殻を作って崩落しないようにした後、内側の土砂を一気に転移させる。どちらも大変な作業だが、俺たちが先行しないとセレーネが動けない。責任重大だった。

 しかし、一番責任を感じているのはシアンかもしれない。彼女は一日で大雑把な図面を書ききった。

 翌日、工事が始まった。


 ここまで急ぐのには三つ理由がある。俺の職人探しが冬になるとやり辛いのが一つ。学者保護の旅に一刻も早く出たいセレーネの事情が一つ。だが、これらは重要ではない。


 最大の理由は、天空城自体の食糧備蓄の不足だ。といっても難しい理屈はない。人を詰めたら飯を詰められなくなった。それだけだ。政務を適当にやるからこういうことになる。説教をしたいところだったが、そんな余裕はなかった。


「とにかく掘って!」


 シアンの檄が飛ぶ。監督自身も参加しての掘削作業だ。土砂の搬出はセレーネが転移で行ってくれている。少し暇そうだった。五分ほどして、シアンから彼女に声がかかる。


「一部屋掘り終わったから、よろしく」


「ん。転移、最上級」


 その一言で、ごそっと土砂が消失した。

 事も無げに大魔法を行使したのを見て、シアンの顔が引きつっていた。その気持ちはよくわかる。セレーネは表情一つ変えず、シアンの方を不思議そうに見つめていた。気絶する気配もない。

 やっていることは魔王と変わらない。しかし、実際は魔王の時とは大きく違っている。

 これにはちょっとした事情があった。


 セレーネは転移魔法以外の魔法を使えない。

 正確に言えば、技量はあるがあまりにも効率が悪い。彼女の体質は転移魔法に特化していて、転移を使う分には通常の百分の一の魔力で発動できる。逆に転移魔法以外は魔力を百倍要求される。

 彼女曰く、コップ一杯の水を用意するのと、十トンの食糧を天空城から地上へ長距離転移させるのは同じらしい。凄まじい偏り具合である。


 こうして、暇を持て余すセレーネと必死に掘り進める俺たちの図が出来上がった。工事の最後の方ではセレーネが強引に転移で飛ばしたところを土魔法で整えるようになっていた。初めからこうすれば良かった、と誰もが思った。


 そして十日後、驚異的なスピードで建築作業は完了した。三日ほど超過したのには訳がある。

 物資保管庫が足りないことに気づいたので、大急ぎで作ったのだ。もう何もかも面倒になっていたので、目に見える範囲を全部転移させた後、すかさず土魔法で崩落を防ぐというゴリ押しが行われた。


 結果、今や地下四階は一つの巨大な空き部屋となっていた。壮観だった。これを自分たちがやったと思うと、何だか感慨深かった。


 皆で工事完了を祝った後、俺は自室でぐったりと寝込んでいた。するといきなりセレーネがやってきた。


「行こう」


「え、休みたいんだけど。それに物資とか、人の搬入は?」


「もう全部転移させた」


 俺は呆気に取られてしまった。こちらに引き渡す物資と人員については、シアンとの間で合意済みらしい。知らなかった。そういえば、祝いの時にシアンが微妙な表情をしていた。まさか、知っていたのだろうか。

 

「行こ?」


 セレーネは俺の手を取った。今すぐにでも転移しそうだった。


「……わかった、五分待って。支度するから」


 彼女は頷いた。

 ぴったり五分後、俺は空の旅に出航させられていた。


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