十九話
地下三階には、学者・従士用の部屋が五十室ある。机に椅子、本棚を十個くらい並べて、寝具を置いても余裕が出るくらいには広い。俺の自室はそれ以上の間取りを取っていた。何が言いたいかというと、俺の自室は極端に寂しかった。
次の日相談したところ、シアンは馬鹿を見る目を向けた。
「買えばいいでしょ」
「無駄遣いは良くないし、相談しにきた」
「……いや、伯爵家の資産よ。あなた当主よ」
「それはわかってるが、シアンの許可が欲しい
「ねえ、私たちって結婚してないのよね。本当に」
そりゃそうだろう。頷いたところ、彼女は眉を寄せた。
「で、家具ね。普通に問題ないと思うわよ。特に、これからはラクトル子爵が来るわけでしょ。応接間というか、客間というか。そういうのは必要よ」
「下手な物は揃えられないな。セレーネはともかく、誰か来るかもしれない」
「そうね。真面目に領主するんでしょ? なら貴族との折衝とかあるだろうし」
「この辺の貴族、みんな爵位低いからな。俺が呼びつける側になる」
「そうそう。ってか、ジャックって土魔法の上級使えるわよね」
「すぐ魔力切れ起こすけどな」
「なら鉄は作れない?」
「銅ならできる。それ以上は無理だ。技量はともかく、魔力が持たない」
上級の土魔法を使えば、土塊を銅の延べ棒にもできる。物凄く虚しい。魔王は最上級の魔法を余裕で使えたから、金銀宝石なんでもござれだった。
「あ、銅を基にして鉄にするのはできるよ。二日かかるけど」
「効率が悪すぎるわね。別のを考えましょう」
何か売れるものが欲しい。貯金を切り崩せば家具代くらいは払えるが、できれば手を付けたくはなかった。
「この辺に鉱物とか埋まってない?」
「あったとしても雪に埋もれて誰も探したことがない。それに、普通の鉱物だったら黒竜山脈沿いの鉱山に負けるだろう。買い手がつかない」
黒竜山脈は、魔界と人界を分断する数千メートル規模の山脈である。最高峰は一万メートルを超える化物だ。魔王が山脈中央、魔界中心部から最寄りの部分を破壊してトンネルを作り、人界侵攻のルートとしたこともある。
つまり、魔界中央地域への供給では圧倒的にうちが不利になる。輸送費の問題だ。結局のところ、持ち運びがしやすい物か、ここでしか手に入らない物以外は売れないだろう。その条件に該当するものはない。
「あー、従士の称号とか。名誉とかなら売れるけど」
返事はなかった。彼女は今にも泣きそうだった。却下だ。
「呪いの森の木材はどうかな。最悪売れなくても薪になる」
「あんなの切れないわよ。硬すぎるし、魔物が何匹いるか」
「護衛がいればいいんだろうけど、二人じゃ無茶か。でも、傭兵は雇えないし」
「村人をこれ以上訓練するってのも無理よ。学者は……万一死なれたら困るし、出せないわね」
「大狼って、何か売れない?」
「普通に毛皮としてなら使えると思うわよ。肉はまあ、あれだけど」
「仕方ない。とりあえず大狼から皮を取ろう。それしかなさそうだ」
「良いと思うわ。狩りは貴族のたしなみって言うし」
シアンも付き合ってくれるらしい。従士を連れて狩りをする伯爵。うん、ありだな。
俺も久しぶりに武装をするとしよう。埃を被った剣を取り出した。
農民がめいめい農作物の世話をしているのを尻目に、俺とシアンは出来立ての田園地帯を抜けていく。数分で元の見慣れた荒野が出てきた。
「森の方に行こうか」
彼女は頷いた。ここから森の外側まで、概ね三十分は歩くことになる。飛びたい衝動を抑え、俺は歩いて行った。
三十分も歩く必要はなかった。五分ばかりで狼の群れに遭遇し、土魔法と剣で丁寧に首を刎ねた。傷つけたら毛皮の価値が下がるだろう。群れは二十匹ほどだったが、数分で全部片付いた。
「弱い」
「大狼は一番弱い類の魔物だもの。代わりに数が多いけど」
「まぁ、ただの狼と変わらないもんね。サイズは一.五倍あるけど」
つまり毛皮が多く取れる。素晴らしい。しかし、うちに皮を捌ける人間がいるのだろうか。いや、誰でもできるのだろうが、肉とかを巻き込みそうだ。
それを聞くと、彼女は笑った。
「私がやるわよ。できるから」
「習ったの?」
「元騎士の家系よ? 芸は身を助けるって言うし、色々やったのよ。あ、でもなめすのはできないからね」
その後、ひたすらシアンが皮を剥ぐのを見続けた。上手いものである。一時間ばかりして皮が大量に手に入ると、それを氷漬けにして持ち帰った。
皮を冷凍用の倉庫に運ぶ。D魔力を使うが、水魔法の応用で低温を維持できるのだ。俺たちは執務室に戻り、そこで重大な事実に気づいた。
「まずいな、D魔力があと一万しかないや」
「は? 何にそんな――あ、農業用水?」
「うん。高かった」
現在は五月上旬。水源設置は四月下旬だから、水源の設置は魔力的にかなりギリギリだったということになる。
「やっぱり人が根本的に足りない。連れてこれないかな」
「うちの両親でも呼ぶ?」
「このご時世だけど、どこかに仕えたりはしてないの?」
「さぁ。まあ、聞くだけならタダだから。手紙を書いてみ――いや無理ね。届く訳ないか」
シアンはふっと自嘲した。
人を増やすにしても、どんな人が必要だろう。この領地に欠けている人材は何だろうか。ちょっと思いつく限り列挙することにした。
「革なめし職人。被服職人。あと彼らの使う道具や農具を作る鍛冶職人。後のことを考えたら、武器職人もいる。ここではお酒は必需品だし、醸造職人も。あと薬師に、医者に、あぁ……」
要するに全部だ。もうそれでいいだろう。彼女も少し疲れたような表情を浮かべている。
「人を揃えるのは諦めて、買い揃えるのはどう?」
「……この先、情勢がどうなるか。それに輸送の問題もある」
「ラクトル子爵に持ってきてもらうんじゃダメなの?」
「数か月おきだし、不定期だから都合が悪い。あと気が引ける」
なら仕方ないか、と呟いて彼女は机に寄り掛かった。妙に嫌な笑顔を浮かべていた。




